2015年8月7日/管理人の個人的なお話

私自身が職業として小説家をなさっていて本を世に出されている方でも、趣味で文章を書いていらっしゃる方でも、その方個人と作品とを切り離して考える部類なので、特段自分の事をサイトで語る必要はないかなと思っておりました。

これまでも、たぶんこれからもそうで、3年間ほど折を見てずうっと考えていたのですが、今年を逃すとこの3年目は過ぎ去ってしまうのだ、次は4年目になってしまうのだと思うと、ふわりと触れて、お話をしてみたいと思いました。ものの捉え方が劇的に変わった日でもあるので、創作にも多大に影響があったとも感じるからです。

 

3年前の8月7日に、三歳年上の兄が急逝しました。

兄弟仲は特段良くもなく、というより悪い方で、私がほとんど一方的に彼を苦手にしていました。

ただ、成人を迎えてそれなりの年齢になってからは、「今後もちゃんと付き合っていけるのかわからないが、なんとなく距離感はつかめてきた。なんとかやっていけるかもしれない」と自分の中で割り切れかけていたのですが。

 

身内のお葬式に出るというのが久しぶりで、というよりこれほど身近な、直で血のつながっている人が、しかもいくつか持病はあっても、余命幾許と宣告されていた訳ではない人物が、一夜にして亡くなってしまうという経験が初めてで。

2015年の8月7日。個人サイトの巣鳥館を、まだ携帯サイトで運営していた頃。理由は明白にお話しませんでしたが、ちょっと理由をつけてサイト更新はお休みしていた記憶があります。

ただ詩は更新していて、手元に断片がいくつか残っていました。

 

 

夏の日

 伸び行く緑ぱちんと切って。新たな芽吹きに陽をあてる。 2015/08/14

 

20150807

 最愛の馬を手放し いざ行かん「次は空飛ぶタイムマシンだ」 2015/08/09

 

魔法使いの名残

 魔法よ、どうか在れ。辛い事だけ忘れる魔法。

 きっと君は笑うだろう。君は最後まで魔法使いだった。 2015/08/09

 

スーパーカー

 冬にあらわれ夏に去る。

 時速三百キロ。駆け抜けて、後悔もこれから得られる喜びも、何もかも置いてきた。

 また来年の夏に会いましょう。 2015/08/07

 

 

最愛の~の短歌は、短冊に書いて棺に入れさせて貰ったものでした。

胸の内に渦巻く色々や、世界から隔絶されてしまったような夏の日の事や。言葉に出来ない諸々の情景を、あの日も結局言葉にしたかった自分を思い出しています。

あの日からも書く事はやめなくて、それならこれから先も何かしら書いていくのだと思った日でもありました。

 

三歳上の兄だったので、三年目の今年以降、私は彼より年を取っていくのだなと思って。あの夏以来、夏と言う季節が以前までとは違う手触りで、色々な意味で特別になって、そして今年も夏になりました。

死に関すること、それを受け止めようとしたり、考えようとする人、そうしようとする自分の心境の変化があり、書こうとするものや言葉選びにも変化があったように思います。

となると、あの日は今の自分の創作活動にとっても無縁では無いのだと思い、やっぱりどこかで区切りとして、あの夏、あの日にそういう事があったのだと自分のサイトでお話しておきたいと思いました。

 

若い方に多いのですって、心臓にまつわる突然死。健診を受けても異常なしの事が多くて、実際に検死で開いてみないとわからないのだとか。

気を付けようのない話だなとも思うのですが、人っていつ人生が終わってしまうのか誰にもわからないのだと心の底から思います。

書いて行こう、書いて生こう。その時々の変化を咀嚼して、言語化しながら目で見えるように文字にして、それを少し後になって読んで思い出して。

益々なにがあるかわからない昨今ですが、あなたらしく、私らしくいきたいものですね。

ここまでご覧くださった方、どうもお付き合いくださり有難うございました。