弁士の煽動

 駒とは盤上で繰り広げられる遊戯において、指し手が扱う戦力の事である。指揮する将が先にいて、従う駒がある。必要に応じて並べられたはずなのだから、何の意味もなく存在する手駒はない。尤も、盤の上の勝負が終われば片付けられるはずなのに、いつまでもほったらかしにされている事もある。指し手は勝負に飽きたか、あるいは単純に片付けが苦手な人物だったのだろう。突き詰めてしまえばこの現実も一個の盤上遊戯に過ぎない。盤が世界の縮図なら、その逆も真なり。世界は盤の拡大図である。

 黄金の斧を掲げて野良猫じみた青年が笑っていた。最前線。絶えず乾いた風が吹き、荒野にようやく芽吹いた草木は直に枯れ、飛び火した戦火に燃え上がる。我に続けと斧の青年は叫ぶ。恐れるな! 救国のため奮起した乙女が旗を携えたように、共に戦う騎士を鼓舞すべく声を張り上げる。細身の体からは想像もつかないほど太く、弁士の煽動はつむじ風より速く戦場を駆け巡った。

「争いの種は尽きない、芽吹かぬ花はない! だから何だと言うのか。花開く色は全て勝利を示している。我ら駒はただ、愛しき領主と領地を守るために創られたもの。存在価値を示そう! 存在する意義を叫ぼう! ああ、我らは敗北を許されぬ者!」

 熱弁をふるう青年の目の前に躍り出たのは、剣を握ったマネキンだった。セルドロイドの体に無数の銀糸が絡められた、精密な操り人形。ただ敵を排除するためだけに稼働する恐るべき道具に臆さず、弁士は振り下ろした斧の一斬で退ける。真っ二つに割れた断面が微かに燃えていた。今まさに倒れようとする残骸を足で蹴り除けて、弁舌達者な野良猫は爛々と目を輝かせた。歌う声は陶酔に満ち、自然と熱を帯びる。勝利を! 勝利を! 背後に庇う街並みが、永劫覚めぬ夢を謳えるように。我らは箱庭の駒、百年続く少女の眠りを守る者なり。