衛士と教会

 永遠って何だろう。傍らで目を伏せ、何もない伽藍堂で祈る銃士に問いかけた。ただ広いだけ、ただ天井が高いだけの教会。何を祀るでもないのは、彼らが祈りを捧げる対象が形なきものであるからだ。その名の通り、彼らは無こそを仰ぐ対象と定めた。――形なきものの話をしよう。それは天に、空に、地に。楽園に、冥府に、現世にいる。しかしどこにもいない。なにせ形がないのだから。其は運命そのもの。其は無知なる全知。何もしないまま、何もかもを知っている。けして我々の祈りを聞き入れぬ。けして我々を見放さぬ。ゆえに恐怖しながら敬え。軽んじながらも怯えよ。其は運命そのもの。夢はいつか終わる事を、生ける者はいつか死ぬ事を。そして、終わりから始まりを語るもの。

 永遠とは。神父然とした銃士は穏やかな物腰で語った。永遠とは、その営みがずっと続いていく事です。命が尽きる前に、他の人へ託して継がれる循環の全てが永遠なのです。一人の語り部が死んでも、次の語り部へ物語が手渡されたのなら、語られる内容はその先もずっと誰かの耳を楽しませる事でしょう。語る人間の命は有限であっても、お話が残り続ける可能性は無限である。

 永遠と名付けるなら、そんな風に温かいものであるといいですね。

 教会の鐘が午後三時の時を告げる。鳩の羽ばたき、親しい人の体温に似た日溜まりのあたたかさ。人間に似せて作られ、駒と呼ばれる道具の俺達は、ちょっとした感傷にも揺らぐ不完全な心をもって稼働している。人間が収まるべき場所に、人間だけが抜け落ちたこの領地で。物語の主役が帰ってくるのを待ちながら。