皇女の感銘

 零れる涙で薔薇色の頬を濡らしながら、皇女は花畑の中央で遂に笑みを零した。一面にリラの花が揺れる清澄な昼下がり、箱庭の領地へ招かれてこちら、一度たりとにこりともしなかった彼女が笑っている。後から後から溢れる感情を止めぬまま、有難うを繰り返した。この先どんな事があろうとも、貴方たちが心を尽くしてくれた今日を、きっと忘れはしないでしょう。

 それより遡ること、十五分前。亡き皇女の母がリラの花を好んでいたと、弁士が主張したのは実に唐突な話だった。領地の駒総出で道化の真似をしてみたり、とびっきりの料理で持て成しても、分厚い氷のような無表情を解かない、あの賓客はどうしたら笑ってくれるのだろう。特に縁の無い土地、初対面の相手へ無防備に笑うものか、弁士は朗々と語る。だから、彼女をあの花畑へ連れて行こう。なに、元から全て博打だったんだ。だって吾輩達は、およそ人生の半分を城の奥へ閉じ込められた少女の寂寞なぞ、どだい心から分かる由もないのだから。

 それより遡ること、三十分前。駒達はめいめいが隠し切れぬ疲労感と徒労感を覚え始めている。箱庭の領地へやってきた客人は、今まで誰もが子供にでも戻ったかのような無邪気さで喜んでくれた。長閑な風景、人形の家を思わす愛らしい街並み、自然豊かな土地。もちろん、料理だって美味しい。しかし、やってきた皇女は徹頭徹尾、凪いだ面持ちを崩さなかった。多弁な衛士も遂に根負けして、料理の出来が悪かったのか悩む銃士と、領地を巡る案内の手筈が不味かったのかと考え込む騎士の輪に合流した。ありゃ駄目だ、あの終わらない冬みたいな女の子を笑わせるにはどうしたらいいのだろう。三人寄れど智慧のひとつも出てこない重苦しいバックヤードへ、勝手気ままな野良猫の如き気軽さで弁士がやって来た。

 それより更に遡ること、一時間前。領主の右腕にして駒達の纏め役である勇士から、とあるお達しがあった。北の領地より皇女が賓客としてやって来る。少々訳ありのようだが、いつものように持て成してくれ。了解の意を返す四人の駒へ、最後に勇士はこのような一言を残した。皇女の終わらん冬に、花の春を連れてきてやってくれ、と。