· 

魔法少女シツジ/魔法少女(男)と執事

 執事を雇った。突然、行方をくらませた相棒がみつかるまでの代わりとして。

 都市の中心部で魔法使いとして生計を立てる俺は、工房兼自宅に執事を招いた。玄関の近く、来客をもてなすために設えたガラスのテーブルに彼を促し、対面の席につく。

「さっそくだけど、執事さん。あんたにはこれから魔法使いとしての仕事を手伝ってもらう訳だが」

 指先でテーブルの端を叩くと、あっという間に机上へ所狭しとティーセットが並ぶ。三段のケーキスタンドには一口サイズのタルトが並び、口の広いカップには並々とアップルフレーバーのストレートティーが注がれていた。

 今時、この程度の魔法は誰しも見慣れたものだが、執事は翡翠色の瞳を輝かせて喜ぶ。子供みたいだと思った途端、こちらの頬も緩んでいた。

 いや、いけない。和んでどうする。

 雇い主らしい威厳、魔法使いの先達としてそれらしく見えるよう咳ばらいをすると、ベビーローズの繊細な模様が描かれたカップを取って紅茶を飲む。それに倣って、執事もソーサーごと器を取ると、ゆっくりと一口目を楽しんだ。

 

「執事さん。どの職業にも時流ってのがあってさ。俺達魔法使いも例外じゃないのさ。魔法を扱う者と一口に言っても流行り廃りはあるし、そもそも魔法使いなんて最初は端役、もしくは悪役だった訳だよ。それが近年、冒険活劇の主役を張ったり、キラキラしてキャッチーなものになったりさ」

 角砂糖を二つ放り込み、スプーンでくるくる混ぜる。チョコレートタルトを頬張っていた執事も二度頷いた。

「ここからが本題なんだけど。俺達は厳密に言うと魔法使いとしてじゃなくて……。魔法少女として売り込んでいたんだ」

 こふっ。

 タルト生地の粉が気管に入ったのか。執事は手際よく白いハンカチを取り出した上で顔を背け、小さく咳き込んだ。目を白黒させながら椅子に座りなおす彼の動揺は尤もである。だってどう見ても俺は成人男性だし、少女じゃない。

 いや、しょうがないんだってと一応形だけの弁明を試みる。

「あのさ、魔女にしたってそうだけど……男の魔法使いを呼びならわすのに、据わりのいい呼称っていまだに定着してないんだよね。魔法少女って、もう今や一大産業な訳だよ。あれ、一種のアイドルだし。屈強で強大な敵を、可憐な乙女がド派手に倒すとか、見栄えもいいよね。ほのぼのな日常系もいけるし。で、俺達は未知の概念を確立させるより、既知の旬物に肖ろうとした訳だ」

『近頃、そういった試みが功を奏していると聞いた事もあります』

 配られたナプキンの裏へ慎ましい筆跡で応答する執事に、俺は勢い込んで頷いた。

「そう。いわゆる、かわいいっていう概念な。一種の性癖というか、好みというか? もはや筋骨隆々とした男でもかわいいと言ってもらえる時代が到来した訳だよ。いつまで続くかわかんないけど」

『どうりで魔法使いを名乗る人々が、男女問わずふりふりのお洋服を召されている訳ですね』

「かわいいよな」

『さようでございますが』

「あんたにもふりふりを着てもらうからな」

『さようでございますか』

「意外と抵抗ないんだな」

『雇って頂けた以上は全力を尽くしますとも』

「そりゃ頼もしい。じゃあさっそく修行といくか。はい、これ」

 

『すごいですね。女児向けアニメーションに出てくる魔法のステッキのようです。キラキラしていて、ピンク色で、やたらに大きいハートの宝石がついています』

「その通り、魔法の杖さ。習熟度が高まると、一節分の詠唱だけで星を割れるビームを出せるから扱いには注意してくれよ」

『見た目にそぐわぬ危険性』

「執事さんは黄色っぽい見た目してるから、ピンクゴールド系のが良かったか?」

『結局ピンク系統の配色からは逃れられないと』

「ま、王道だからな」

 善は急げと椅子から立ち上がり、工房の奥にある修練所へ引っ張って行くと、今まで一言も発さなかった執事がくすくすと笑っていた。

 何がおかしいのか。おかしいと思われただろう内容が多すぎて特定できない。

 彼はハートのステッキを軽く振ると、ネオンサインのような文字を空中へするする書き始めた。

『ご主人様にとって、魔法少女への転身は歓迎すべき時代の流れだったのでしょうね』

「あ?」

『元からかわいいもの好きだったのでしょう、貴方様は』

 メルヘンな三段重ねのケーキスタンド、薔薇のあしらわれたティーセットからばっちり推理されてしまったらしい。

 今更否定する事ではないのだが。他人からいざ指摘されると面映ゆさが勝るのは、時代の肌触りが変化したのにまだまだ自分がついていけていないから。

 辿り着いた鍛錬のための部屋に執事を放り込むと、無言のまま仮装敵のゴーレムを起動させる。

 とりあえず、強度はメーターが許す最上限まであげておこう。このくらい、かわいい照れ隠しと許してくれるはずだ、たぶん。