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二十六人の彼等/執事達と執事

 絢爛な宴の裏側。重鎮らとの社交に精を出す主人に、お前はもういいと片手で追い払われれば、ひとつ礼をして壁際に下がる。

 ちょうど人の密度が低い一角を陣取れれば、そこから室内を一望できるのを確かめてそっと息をついた。主に呼ばれても、ここに居れば気づく事ができる。

 

「なんだアレー。さっきのが今のお前の主なのか? 感じ悪すぎじゃね?」

 声が足元から聞こえた。視線を下げると、そこには一人の執事《どうぎょうしゃ》が胡坐をかいていた。短く跳ねさせた金髪を片手でがしがし掻きながら、もう片手で骨付き肉をむしゃむしゃ頬張っている。

「なあなあ、お前ってぜんぜん主人を選り好みしねェの? 俺だったらああいうのはイヤだなー。偉そうなのってムカつくじゃん」

 

「こら、Pったら。駄目じゃないか、人様の主人を悪く言うなんて」

 すこん、とPの頭に手刀を入れたのは片手にシャンペングラスを三つ持ったAだった。肩まで伸ばされた金髪を、黒いリボンで後ろに結わえた華奢な執事は女性のようにも見える。しかし、線の細さに反して意外と力が強いのである。人は見かけによらないものだ。

「いってェ! なぐるなよー!」

「さっき君のご主人を見かけたけど、お行儀の悪さに呆れかえっていたみたいだよ。床に直接座ったら服も汚れるし、裾が皺になる」

「でも立ちっぱで物食うのって行儀悪くね?」

「今日は立食パーティーだからいいんだよ。でも食事を済ませるならなるべく短時間で、宴の主役である主人達の邪魔にならないようにしないと。ああ、そういえば。Qは何か食べたかい? 君の事だから、ここに来てドリンクのひとつも飲んでいないんじゃない」

 煌めく金色が注がれた薄いグラスを差し出されれば、小さく頭を下げて受け取る。足元のPは横着をして座ったまま目一杯に手を伸ばしているが、残念ながらAは易々と渡すつもりはないらしい。

「Aってばー! 俺にも、酒ー!」

「じゃあきちんと立ち上がって受け取ってごらんよ。Qを見習って」

「Qは確かに出来た奴だけど、俺には俺の良さがあるから見習ったりはしねェもん!」

「うーん……別に、君の良さを否定している訳じゃないんだけどなあ」

 ぎゃいぎゃい騒ぎ始めたPに根負けして、結局Aは眉尻を下げて降参したようだ。腰を屈めてグラスを渡すと、Pは鷲掴みにしたグラスから実に美味そうに酒を飲み干す。

「やっぱ高い酒は美味ェわー!」

「よかったね」

「おかわり!」

「うん、自分で取っておいで。ワインもあったみたいだから、好きなものを選ぶといいよ」

「マジ? それもそうだなァ。さんきゅー」

 綺麗に平らげたチキンの骨を大口開けて丸呑みにすると、空のグラスを片手にるんるん軽い足取りでPは行ってしまった。破天荒もここまで極まると見ていていっそ気分がいい。くすくすと笑っていたAは、ようやく自分のグラスに口を付けた。

 彼が話し出す前に、私は上着から手帳を出すと白紙のページにこう書きつけた。先日はお手柄だったらしいじゃないか、と。

『百貨店に立てこもった強盗犯逮捕に貢献したとか?』

「ああ、君の耳にも入っていたのかい? 恐縮してしまうな。俺は同じフロアにいらした旦那様の指示に従っただけだよ」

『最も優れた執事と友人でいられて、僕も鼻が高い』

「自分をそう評価してくれる人の鑑識眼は、俺も信頼しているけれどね。アルファベットの一番最初、Aの名前を戴くには、まだまだ精進しないと。それに……名前の順番、その序列は優劣で決まるのではないよ、Q。Aに近いほど王道的で、Zに近いほど独創性や個性が増すというだけで」

『独創性というよりは邪道や外道と言った方が正しいように思いますが』

「そうかな。でもそれを言うなら、そもそも王道の対義語は覇道だろう?」

 正解を求めるなら、自分達が挙げたいずれも誤りだ。だから別に、解釈を表現する単語はどうだって構わないのさ。

 優雅な所作でグラスを空けるAの、反らされた白い首筋を見る。細い喉は白鳥のようにしなやかで、締め上げるというよりは骨を折って捻り上げてしまう方が似合いそうだった。

 不意にPの騒ぐ声と派手な物音が聞こえる。けれどそれはあまりに近くて遠い騒動で、目の前の旧知から意識を逸らすには至らない。

 酒精に唇を艶めかせるAはふと、こちらの視線に気づいて涼やかに問う。

「Qはたまに、他人をじっと眺めて考え込む癖があるよね。昔から」

 明瞭な答えが返って来るとは最初から思っていない、軽やかな声が微笑んだ。

 

「俺の首を熱心に見詰めて、一体何を考えていたのかな?」