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ようこそ古物屋/黒い化猫と執事

 執事を雇った。以前商店街の仲間を相手に、執事を雇うのなんか金持ちの道楽だと言いふらしていた手前、連中からは大いに囃し立てられた。なんだ、アデルさん、あんたも遂に道楽ができる金持ちの仲間入りかい? なんて、冗談じゃない。古物屋がそうそう儲かるもんか。もちろん損ばかりならやらんが、自分の生活とちょっとした貯金をするだけで精一杯さ。そうとも。その気になりゃ一生遊んで暮らせる程度の、ささやかな貯金だがね。

 

 当日。約束の時間のきっかり五分前にやってきた金髪の毛並みの執事が、店の戸を叩いた。出迎えついでに、ぬうと無言で上から覗いてやるが、二足歩行の異様な化け猫を見ても奴が動じた気配はない。長年人に飼い慣らされてきた懐こい笑みと共に、はじめましてと書いたノートを示してきた。

 

「ああ。あんたが執事かい」

『はい』

「また、オスだかメスだかよくわからん見かけだな。いずれにせよ、いかにもなよっちいぜ。仕事してくれるなら、雌雄なんぞどうだっていいけどよ。そんな身ぎれいな格好して、古物商は汚れるぞ。古い品物は大抵汚いんだから。仕舞い込まれて、カビだらけの価値もんをみつけて売りさばく商いなんだ。白いシャツの袖口なんぞあっという間に黒くなる」

『汚れても差し支えのない服を選んで参りました』

「あ? 差し支えとかお前の都合だろう。そうじゃなくて、汚れても客の目にみっともなく映らんような服にしろと言っているんだ。俺を見習え。俺は全身黒いだろう。毛並みからコートまで」

『なるほど。差し出がましいですが、黒一色だと今度は白い埃が目立ちませんか』

「喧しい、なかなか良い所に気づきやがって。この餓鬼は。だが俺が黒だと言ったら黒だ」

『かしこまりました』

 

 何をどうかしこまったのか。鶴の恩返しよろしく、するすると戸を一度閉めてから数秒後。再び開く頃には、半袖のシャツにジーンズのオーバーオール、ついでに頭にタオルを巻いた執事がお目見えした。身に着けているものはスニーカーに至るまで黒い。どうですか、といかにも褒められ待ちな翡翠色の瞳を胡散臭く見下ろす。

「いやお前。どんな術を使ったか知らんが、店の前で着替える奴があるかよ。ウチの店に妙な評判が立ったら……いや、逆に客引きになるか? 執事の早着替え。お前が胸なり筋肉なり、もうちょい肉付きのいい体だったらねェ」

『成る程。では少々肉体改造を』

「せんで良い。冗談に決まってるだろうが。お前は短時間で本当に改造してきそうで怖い。照れるな。褒めてねェぞ、ったく。近頃の餓鬼は」

 まだ商店街の多くが開店準備中の早朝ではあるが、朝陽ってのは薄情だから俺達の都合なんぞお構いなしにさっさと昇って沈んじまう。時は金なり。時間は金になるが、金で時間は買い戻せない。なら商売するなら急ぐに限る。

 

「さあ、仕事《ビジネス》だ、執事。精々こき使ってやるから覚悟しておけよ」

 

 戸を開き、招き入れた執事は店内の様子に僅かばかり目を瞠った。それもそうだろう、この古物屋アリスには古今東西、それこそ時には不思議の国にまで赴いて集めた珍品、名品が揃う店である。

 仕切りのない一間の店内へ所狭しと並べられた品々。大きなものは幽霊の首が落とせるギロチン台から、小さなものは雪の結晶が抱えていた水晶のテディベアまで。店の絵は軒並み動くし、像は勝手に歩き回る。革張りのソファには人間の皮が使われているとかで、座ったら最後、二度と立ち上がれない。

 忙しなく浮遊して動き回るランタンが列を成し、品々を照らしていく。かつて誰かのものであった、やがて誰かの手に渡るもの達を。

 ふと、執事の肩越しに、俺は店先へ立つあんたの姿を見つけた。

 いらっしゃい。なに、これから店を開けようと思っていたところだ。

 よかったら、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。俺の運が良けりゃ、あんたも上等な商品になりそうだ。