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お片付けアイス/怪人と執事

 執事を雇った。と言うほど大袈裟な話ではなく、単に部屋の片づけを依頼しただけだ。俺の部屋にはたまに近所の子供が遊びに来る事がある。やんちゃ盛りの彼らは悪気がなくともあちこち盛大に散らかしていくものだ。

 後片づけの報酬はアイス一個。雑多を究めていた室内の整理にようやく目処が立つと、腰に手を当てて自らの成果を検分している執事さんに歩み寄った。

「お疲れさま。手伝ってくれて有難う、助かった。……嵐が過ぎたかってくらいの散らかりっぷりだっただろ」

 振り返る彼に、あらかじめリクエストを聞いていたアイスを手渡す。ころんと手の中に転がり込んだのはバニラ味のカップアイス。一般的な小売店で手に入る中では二番目に価格のお手頃なものである。安いものじゃ礼にならないとも思ったのだが、スプーンを差し出すと嬉しそうに封を切って頬張り始めたので、単純にこれが相手の好みなのだろう。近くにあった椅子を勧める。俺も隣に腰を下ろすと、同じ氷菓へありつく事にした。

 

「執事さんはこの次、どこかに行く予定はあるのか?」

『いえ、今日はお休みを頂いていましたので』

「なんだ、休みの日に悪い事をしたな。やっぱりアイスだけじゃなくて、時給分のお金払おうか」

『これは労働ではなく、友人と一緒にアイスを食べる、ついでにお部屋の片づけをしたというだけなので。お金は要らないのです、大丈夫です』

「……俺が女の子だったら、今の一言で惚れてたぞ」

『貴方が女性でなくとも、惚れてくださって構わないですよ』

「ははっ。――なんと!?」

 執事という職業と、男装しか目にしていないから今まで深く考えなかったが、そういえば相手の性別はどちらだったのか。勢いで問い詰めてみても、またはぐらかされてしまった。

 まあ極論、確かにどちらでも良い話ではあるんだけど。世の中には男女の性別で揶揄するジョークが多いから、いずれか判然としないと咄嗟に言える冗談が減るだけで。逆に言ってしまえば、弊害などそんなちっぽけな事くらいしか、俺には思いつかなかった。

 

『そういえば、貴方はいつもヘルメットをしていらっしゃいますね』

「ああ、そうだな」

『アイスを食べる時くらいは外されるかとも思ったのですが』

「それは甘い!」

『アイスだけに?』

「アイスだけに! ……いや、別に冗談を言うつもりじゃなかったんだが。もうこの生活をして長い。ヘルメットの下をちょいとずらして、ものを食う事くらい朝飯前だぜ?」

『カガミさんは器用なんですね。僕にはとてもできそうにありません』

「そんな事ないさ。執事さんも結構器用だし、何ならヘルメット貸すから試しに……」

 そう言って被っているそれに片手を掛けて、反射的にかぽんと被り直した。妙に心臓がばくばく言っている。

「なあ、いま俺にヘルメット外させるために一芝居打ってただろう」

『おや、あともう少しだったのに』

「油断も隙もない!」

 

 こうやって顔を隠しているのにはそれなりの理由がある。そうでなければ、冷たいアイスが美味しいこの季節に、フルフェイスのヘルメットなんて被らない。

 しかし、隠されている中身を見てみたくなるのは、古今東西時代を問わない人情らしい。

 別に良いものなんて隠されていない。

 おぞましさに落胆するに違いない。

 そんな忠告すらも、好奇心の火に油を注ぐ甘言にしかなりえないとわかっているから、継ぐ言葉は呑み込んで。ただ美味しいだけの氷菓をほろりと口に含んだ。

 

「ああ、こんな日は特にアイスが美味しいね」

『ついでに、この冷たいおしぼりでお顔を拭かれると爽快かと思いますよ』

「それもそうだな……って、執事さん、まだコレ外すの諦めてない感じか!? 駄目だぞ、もうさっきこの話のオチつけたんだから、これ以上引っ張ったらぐだぐだに……あ、やめて! 俺があんまり渋るからって実力行使で襲い掛かって来るのやめ、いたい、いたたたた! ちょ、執事さん! そこ! 俺の首根っこだから! そんなとこ掴んだらヘルメットじゃなくて、俺の首がダイレクトにもげるから……!」