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螺鈿の鳥籠にて/花街の青年と執事

 とつとつと。指先で背骨を辿る速度で雨が落ちる。

 雨の日は、退屈だ。おべべが汚れるから庭にも出れない。頭を預けた執事の膝にいろは歌を書いて遊んだ。

「このところ雨続き。お前は退屈ではないの」

 薄暗がりの室内、黒檀の鴨居、花の爛れる朱塗りの天井。

 微かな溜息のほかは何も漏らさない執事の唇が、ゆるゆる無責任な慈愛で笑みを繕った。黒髪撫でる指先が筆と手習いの紙を手繰って、薄墨の文字を綴る。

 

『晴れていても、雨だろうと、私のお仕事は変わりませんので』

「それを言ったらわたしもそうだ。槍が降ろうが何だろうが、夜になれば酔狂者が訪ねにやってくる」

『そんな事を仰っているのが知れたら、旦那様にまた怒られてしまいますよ』

「だって恋人でもない余所の男を抱こうなんて、酔狂な奴ばかりに決まっているじゃないか」

 客が男でも女でも、さしたる変わりはない。鳥籠の中で繰り返される一夜は何時何時までも変わり無く可笑しなものばかり。

 飼われた鳥が死んでしまうまで続く。

「それで、お前は慰み物の慰め役」

 伸ばした指先が、こちらに俯けられた執事の顔に伸びる。ついうっかり青葡萄色をした目を抉ってしまわないように。でも、そうしたらこの使用人は少しくらい慌てて見せるだろうか。

 時々、その穏やかな笑みが堪らなく憎らしく思えるのだ。

 

「花なら気の迷いを訳にして散らしてしまえるのに。つまらないな、人間だと始末に困るし」

『仰る通りですね』

「お前、花ならよかったのにね。そしたら花弁を一枚一枚、丁寧に食んで千切ってあげられたのに。水に浸したまま溶かすのでもいいな。日向に置き去りにして枯らしてしまうのも、芸はないけどいかにも憐れっぽくていい」

『そろそろお休みの時間ですよ。夜が来るまでに一度眠っておかなければ』

「……夜が来る前に、逃がしてくれない?」

 ぱたんと布団に手を投げ出して、寝言のようなうわ言のような、そんな願いを漏らしても。

 やはり執事は笑って、軽やかに歌うばかりだった。

『旦那様に叱られてしまいます』

 

 なにひとつ。自分のものなど無い。この西洋人形のような使用人も、顧みれば我が身すらも。

 それはそうだ。

 この身を売ってここに来たのだもの。

 とろとろと甘酒を煮詰めるように眠気が満ちる。

 上手に囀れなくなった鳥から殺されてしまう。

 頂きに上り詰めれば後は落ちるばかりだろう。

 次の桜は見れないかもしれない。

 でもこの執事は、そんな境遇を最初から知ろうともしないから、憐れみもしない。

 ただ惰眠ばかりを貪る閨のように居心地がよかった。これ以上を望むべくもない。

 身じろぎ伸ばした両腕を相手の腰に回し、鼻先をくっつけるようにしてその腹へ、着衣の上から口付けた。

 

「ねえ執事。いっそここで、わたしを」

 

 ころすも、おかすも、ここでは全て同じ事。

 だってわたしは鳥なんかじゃないし、お前は花に成れなかったのだから。