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祝祭の夜/Halloween project参加作品

 例えばこんなに月の大きくオレンジに輝く紫色の夜ならばどこかの誰かが血まみれになっていても仕方のない事だと思ってもらえないだろうか。

 

 しかし実際の所、どこかの、誰か、なんて都合のいい形容で事件が片付かない現実も知っている。殺害現場は特定され、被害者の身元はすぐに割れる。例え、どれほど突飛な仮装をしていたとしても。懐にある身分証が、冷えた体に縋りつく遺族が、哀れな死体に名前と人格を吹き込んでしまう。

 染みついた血は水では落とせない。

 背負う咎はいかなる時間の流れをもってしても風化しない。

 殺人者となったら最後、罪を犯す前には戻れないのだ。誰かが忘れても自分が覚えている。自分が忘れても記録が語る。

 手についた血は二度と落とせない。

 

 ――今正に目の前で腰を抜かして、こちらを見上げるフランケンシュタインが誰なのか。新聞の一面を幾度も飾った人気のある政治家であるのは確かだが、雇われ執事の身には関係のない話である。

 背後では細身の男がぶるぶる震えながら成り行きを見守っていた。雇い主であるこの男性は吸血鬼に仮装しており、蒼褪めた顔といい、神経質なまでに白い歯といい、ただ黒いマントを羽織っているだけなのに十分それらしい。彼もまた政治家である。この吸血鬼氏は、フランケンシュタイン氏の汚職疑惑へ向けられた世間の目を逸らすべく、更なる失態を演じるよう強要されたスケープゴートなのだ。おかげで吸血鬼氏の政治家生命は完膚なきまでにずたずたにされ、社会的にも精神的にも再起不能に追い込まれた。

 その、怨みなのだという。

 構えた拳銃の撃鉄を上げる。銃口の向こうで身を竦ませるフランケンシュタイン。事前の手筈で、あと三分後には近くで花火と共に、辺りに散らばる子供達が、何も知らずクラッカーを一斉に鳴らす手筈になっていた。それに紛れて発砲すれば、奥まった路地裏の小さな惨劇など、年に一度のハロウィンに浮足立つ人々は気づくまい。

 

 命令なら何でもこなすのが信条だった。

 主人に命じられて仕方が無くという建前も手に入る上に、こうも堂々と呆気なく殺人ができるのだという高揚もついてくる。

 ああ、でも。

 常人と罪人の境を越えるただの一度が、こんなに退屈なものであっていいのだろうか。

 

 普段なら絶えず心の中で議論を捲し立てている理性が、嘯く魔物の声に微笑んだ。――いや、いや。当然、こんな退屈なものであっていいはずがない。

 

 もはや死が確定している宿敵を見て気が大きくなったのか、ひょろひょろとした吸血鬼が隣に並んで、何かを捲し立てている。こちらより幾らか小柄な主人にするりと手を伸ばすと、白手袋に握っていた拳銃を相手に持たせた。

 何もかも執事にやらせるつもりだった黒幕は狼狽えて、なんのつもりだと言いたげだったがすぐに口を噤んだ。誰かに感づかれるのを恐れる賢明さだけは残っていたらしい。今にも取り落としそうな銃器を握り込ませるべく手を添えながら背後に回り、初めて銃を撃つ生徒へ指南するべく優しく語り掛けた。

 肩の力を抜いて、腋を締めて重心を腰に据えて。発砲の後に銃身が反動で持ち上がるのを考えると、狙いは下を心がけると宜しいでしょう。大丈夫、ピンポイントで急所を狙わなくても、どこへ当たろうがこの距離なら大抵は死にます。

 密着した体から伝う主人の緊張は尋常ではなかった。薄い体越しに向こう側へあるはずの心臓が、まるで我がもののように暴れ回っているのが愉快だ。

 

 できないと叫ぶ男の声と、撃たないでくれと嘆く男の声と、打ちあがる花火、弾けるクラッカーの音――引き金が引かれるのはほとんど全てが同時だった。

 

 夜空に咲く火花が薄暗い路地まで照らす。へなへなと力尽きたように座り込む吸血鬼は、まるで陽の光を浴びて灰に還る間際のようにも見えた。

 初めての射撃にしてはタイミングといい、成果といい上々である。事切れたフランケンシュタインを横目に、執事は惜しみない讃美を込めて小さく拍手をすると、丁重な一礼を残してその場を去る。この仕事が彼との契約における最後のものだった。

 また、新しい主人を探さなければ。

 懐へ忍ばせていたクラッカーを取り出し、大通りへ出る。鉢合わせた子供にねだられて、小さなキャンディーと共にクラッカーも手渡した。輝かんばかりの笑顔と共に紐を引き、鳴らされたそれと同時に背後の路地裏でもう一発、銃声が響いた、気がしたが。

 もはや暇を貰った後の執事は歩みを止めず、賑やかな巷間へ紛れて行方を晦ませた。

 

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2018年 #Halloween_project 参加作品

お題『心に潜む魔物』

主催:うみさきさん

出演:キユウ執事