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まどろむ書斎

 黒だった。その館は何もかもが黒だった。天井、床、壁、調度品に至るまで。息を呑む音すら吸い込まれてしまいそうな漆黒の空間で、バアドは一人紅茶を啜っていた。

「御館様」

 主人を呼ぶ執事もまた、黒尽くめである。首から下は成人男性のそれだが、その頭部はカラスの形をしており、その容貌を一層特異なものにしていた。

「御館様、日暮れまでずっと紅茶を召し上がっているおつもりですか」

 それは叱責とも嗜めとも取れる進言だった。バアドはやや眉を曇らせると、かちゃりと音を立ててカップをソーサーの上に戻して、傍らの執事を見上げる。腰掛けた椅子に背中を押し付ける仕草は、如何にも不満げなそれだった。

「おれの一日をどう過ごすかは、おれの勝手だろ。お前に決定権があるのか? 執事」

「滅相もない。私めは貴方の所有するこの館の一部に御座います。ただ、水分を過剰に摂取する御館様の体型が崩れる事を純粋に心配しておりまして」

「体調じゃなくて体型かよ」

「これでも美意識は高く御座います。えっへん」

「威張る事でもないだろ。というか鬱陶しい太陽が居座ってる昼間で、何かする気を起こそうって方が無理だよ。気が向いて起きてみたけど、かったるくてこれじゃ寝てた方がマシだ。という訳で、おれはもう寝る」

「さっき起きられたばかりですのに」

「ほっとけ。日が沈むまで寝室には近づくな、命令だぞ」

 空になったティーセットを執事に押し付けながら立ち上がると、書斎を出る扉へと向かう。お休みなさいませ、という慇懃な挨拶を背中で聞いて、ノブへ手をかけた。