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孤独を知らない歌い手の

 薄暗く、冷たい劇場に一条の明かりが差す。それは闇を焼き焦がしながら私を真っ直ぐに照らした。沈黙を守ってくれた幕は無情にも上がり、スポットライトは確実に逃げ道を塞いでいる。

 言葉を知らない。

 目に映る世界は何時も闇の布を被っている。幕が開いたのだ。歌わなければ。

 だから私は自分の気持ちを人に伝える事すらできない。

 罵倒の意味は分からないけども、親指を下に向けながらはやしたてる観客の笑い声は、きっと良いものではないのだろう。薄汚れたドレスの裾に、温い酒がかかった。

 それでも音を発する事だけはできるから。

 一人とはどういった状態を指すのだろう。所有者は自らの所有物を直視しようとはしない。まるでこの天地で最も汚らわしいものであるかのように申し訳程度の目配せをする。よこされるパンは柵を跳ね返り泡の浮いた水溜りに落ちていた。つまずけば叩かれ、伸ばす手は踏みつけられる。尊厳とは? 夜毎囁かれる言葉の意味は固く閉ざされれていた。

 救いの手を想像しようにも、誰かの優しさなど見た覚えがなくて。

 だからその人が現れた時、私はさぞ酷い顔をしていた事だろう。照明を遮り、好奇の視線を遮り、救い主は音もなくやって来た。

 手を引かれる、何処からか怒声が上がった、何処へ行くつもりだ、そんなのは私だって知らない。星屑にも似て輝く長い髪が揺れている。それは確かに闇の中でも光を失わない。ああ、そうじゃない。その人の存在そのものが光だった。

 階段を駆け上る。死の淵から。鞭を持った団長が追いすがる。その女を置いていけ! けれど私達は立ち止まらない。振り返りもしなかった。永劫続くかと思われた、錆びと腐敗の視界も直に終わりを告げる。扉は既に開いていた。暗がりと蝋燭に慣れきっていた目が陽光に焼かれる、その痛みすらも、今は酷くいとおしかった。