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次なる戦場

 今朝、歯を磨きながら見ていたニュース番組の内容をクロは漫然と思い出していた。治安の悪化、組織犯罪の増加。それに伴って次々に発足する民間有志の自警団は、数えられるだけで遂に百を越した。陰惨な事件に対して華々しく語られる各自警団の功績と、二の足を踏み続ける公的機関。

 日々流れるトップニュースは、内容だけを見れば判を押したように同じである。恐ろしい事件が発生した。それを自警団が取り締まり、ひとつの犯罪が解決に導かれた。それらが起こった時と場所、それに犯罪組織と自警団の名前が変わるだけである。

 大勢の人が毎日のように傷ついていた。クロは色違いの目で、画面を通じこの都市で繰り返される現実を俯瞰しながら思う。

 ニュースキャスターは次の原稿をめくった。すると一転して和やかな微笑を浮かべ、都市の中心部に新たなテーマパークがオープンした模様を伝える。

 正にこれが今、現実そのものだ。いつ何時、暗がりから銃を突きつけられるともわからない。隣人が劇薬をばら撒いて、家族を命の危機に晒すともわからない。

 そんな現状を誰もが了解している。それでいながら、あくまで平面的な画面で語られる遠い現実と受け止め、なんとか日常を食いつないでいるのだ。少しずつ磨り減る理性を震える指で飲み込みながら、新たに建設された遊園地で楽しそうに遊ぶ。映し出される来園者達の顔は一様に語っていた。こんな楽しく安全な夢が、ずっと続けばいいのに!

 クロの意識が現実へと引き戻される。強引な帰還は、一発のロケットランチャーの爆発によるものだった。

 狂ったように回るメリーゴーラウンドに着弾し、ビックリ箱よろしく派手に四散した。テープカットをされてまだ一日も経っちゃいないのに。新しく都市に誕生したひとときの楽園は、いまや業火が這い回る地獄と化して君臨している。

 無線越しに相棒であるフィンの緊迫した声が流れた。クロ、無事ですか。あちら側も派手な銃撃戦になっているらしい。護身用のデリンジャーに銀の銃弾を装填しながら、銃士は移動を開始する。

 たった二発しか装填できないこの緊急用の武器は、ないよりマシといった程度の代物である。普段肌身離さず携帯している愛銃はフィンに預けており、その相棒もまた防戦一方を強いられているのだ。無理もない、多少はクロの手ほどきで心得があるとはいえ、元々剣を扱うかの騎士である。いくら性能のよい銃を手に出来たとて魔法のように相手を制圧できる訳がない。一刻も早く合流しなくては。

 聞こえていますか、聞こえているなら応答を、クロ。いまだ沈着さを失わないながらも、確実に張り詰めていく声に不吉な雑音が混じる。無事だ、すぐそっちへ行くから待ってな王子様。いかような状況であれ銃士の軽口は健在、この窮地には似合わぬ朗らかな笑みが無線を行きかった。

「フィン、民間人の避難はどれくらい進んでる?」

「進捗状況は順調で、自警団により退避はほとんど完了している模様です。方々で衝突が起こっていますが、それも目くらましに過ぎないでしょう。強襲者の人間達に紛れて、既に幾体もの魔物が確認できています。彼らの目的はいつも通り……」

「そう。この世界が崩壊へと向かっている原因が魔王だと見抜いている勇者を、この騒ぎに乗じて始末しちまう事。今回の組織もどれだけ魔王の息がかかってるか分からねえが、とりあえず無視だ。そっちの相手は自警団に任せようぜ。それで? 落ち合うポイントはどうする」

「目印になりそうなランドマークはほとんどが焼け落ちてしまっています。ですが、手近なところに観覧車がまだ原型を留めていますから、そちらでどうでしょうか」

「観覧車で待ち合わせね、なかなかロマンチックじゃねえか。そいじゃソフトクリームでも買って、近くのベンチで待っててくれ。俺はチョコレートがいいな」

「そう大口を叩くからには急いで来てくださいね。もっとも、こんな状況でいまだソフトクリームが買えたとしたら、目の前の銃撃戦はよほど手の込んだアトラクションだと思わざるをえませんが」

 ニュースで流れる占い情報を信じるなら、今日クロの運勢は十二星座中最悪なのだそうだ。

 運気をあげるラッキーカラーは緑色。折しも相方のまっすぐな瞳の色と同じである。

 それでは今日も一日がんばっていきましょう。

 ニュースキャスターの明るい声援が再生され、人知れず笑った。