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荒野の死闘

 剣戟の音が続く。

 間髪いれずに打ち合い、ぶつかっては離れる。響き渡る金属音にすら火花が乗る苛烈さをもって、果たし合いは演ぜられた。

 無骨な大剣を振るう騎士は見上げるほどの巨漢で、巌のような堅牢さである。動く要塞、まさしくそんな言葉がふさわしかった。対するフィンの腕は細く、携えた剣もまた白鳥の首のように頼りなく見える。腕力、得物の形状の差ゆえに正面からぶつかればただの一撃で勝敗が決するのは道理。しかし、ここに恐るべき矛盾が生じている。巌の騎士が振り下ろす鉄槌のごとき一撃を、白騎士は軽やかに受け止め、いなし、攻勢へ転じた。それも一度ではない。切り結ぶその都度、奇跡の数は枚挙を重ねていく。

 機械仕掛けの無機質を崩さなかった巨兵に、初めて焦燥が生じた。力任せで横に薙ぐ剣に僅かばかりの捨て鉢が窺える。それを好機と見てフィンが強く踏み込んだ。紙一重の隙間を縫い懐へ飛び込む若き騎士の胸当てが、掠めた刃の一閃により浅く削れた。少しでも軌道を見誤っていたら首が飛んでいてもおかしくない事態にも怯まず、しなやかな白刃を突き出す。鉄板をつなぎ合わせた鎧の隙間、重装備の巨兵が匿えきれぬ弱点が、横へ大きく腕を振り切った事により露わとなっていた。

 勢いは十分。狙いを定める時間もまた、十分にある。

 息を呑む間もなく、巌の騎士の脇腹に細い剣が突き立った。

 初めて有効な一打を果たしたにも関わらず、白い騎士の面にさっと緊張が走る。もう少し深く突き立てる事もできたのだが、自らの手応えから導き出された結論を信じて、地面を抉るほど強く踏み出し後ろへさがる。鼻先で、実体を持った鈍色の鎌鼬が唸った。あと少し。あと一秒でも、あの位置に留まっていたら、無様にも頭の中身をぶちまけていたに違いない。

 絶命の危機をしのいだ悪寒に耐えて、フィンは改めて相手を見定める。

 人影ひとつない荒れ果てた砂地。立ちはだかる巨兵の顔は、傷だらけの古い兜に覆われて窺えない。つい先ほど剣が体に突き刺さったばかりだというのに巨躯の佇まいは些かも揺らがず、毅然と立ちはだかっていた。

 自らに課せられた使命を邪魔するのなら容赦はしない。そんな、ある種の神々しさすら覚える覚悟に打たれ、だからこそ白騎士は悲痛な面持ちを僅かに俯かせる。

 戦士としての矜持に殉じる相手は尊敬に値する。しかし、つい先刻まで相手が行っていたのは到底看過できぬ野蛮な虐殺であった。

「……巌の騎士よ、さぞや名のある戦士とお見受けします。そんな貴方がなぜ、戦う術を持たない旅の民に剣を向けたのですか。男、女、子供、老人の見境なく。その腕前、無抵抗な人々をあやめるために磨いたものではないでしょう」

「是非もない。これは我が王が望まれた事。この大地を断りなく行く者は誰であろうと生きては帰さぬ。老若男女の別はない。全て等しく切り捨てる」

 無論、それは貴様も例外ではないと言外に主張する。厭わしい虫を払うかのように剣を振り下ろすと、騎士は抑揚のない声で続けた。

「どけ。どかぬなら、貴様を切って捨てていく。そして、貴様が逃がしたあの民らを追って切る。それが我が道、我が忠義の証。例え」

 一瞬、フィンは騎士の背後に城を幻視した。

 吹き荒れる風に巻き上げられた砂、その向こうにそびえる古城。墓標を思わせる幽玄なそれを見た。

「例え既に、我が剣のすべてを捧げた王がこの世にいないとしても。志を同じくする仲間が死に絶えたとしても。帰り着く場所、城がとうにこの砂嵐に埋もれていたとしても」

 かの騎士にはもう帰る場所はなく、新たに下される命令もなかった。

 個人としての彼はとうに死んでいる。ただ体が動く限り、最後に与えられた王命を全うするだけ。

 是非もない。

 確かにそうだ。

「なるほど、わかりました。しかし、私にもまたこの剣を捧げ、違えられぬ約束と信頼を交わした王がいます。互いにひけぬなら、もはやこれ以上の問答は不要。幾星霜と抱え続けた荷を下ろす時です。その自由、貴方の命を代価にもたらしましょう」

 応答はなかった。それでよかった。暫時、吹き荒れる風がやみ陽光がまっすぐに差し込む。互いに剣を構え、最後の時を窺った。

 間もなく、勝敗は決する。