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沈着の桃色

「大将、宜しいですか」

 

 ぎしり。背もたれに置かれた掌、そこに乗せられた僅かな力と体重がドクスの椅子を軋ませる。全身を預けているドクスの方がこの椅子に対して大きな負荷をかけているはずなのに、背後の人物は容易くそのパワーバランスを崩してしまった。ちらりと目を向けると、赤色と金色のオッドアイが沈着な光を湛えて見下ろしてくる。吸血鬼の赤い目、狼男の金色の目。

「どうした、シアン。書類の不備か?」

「ええ。マヨア少佐からあがってきた報告書ですが……」

「……よりにもよってあいつのか。あのテディベアはろくにデスクワークが出来ねぇから、最初から全部ルテナに任せとけって言ってるのによ」

「しかし一時期、マヨア少佐は事務作業を完璧にこなしていました。ルテナ中尉が手間取るような煩雑なものまで、完全に」

「ああ、あれか」

 ドクスは一度目頭を押さえてから、深い溜息をひとつ零した。

「あれは、俺が宥めすかして、甘やかして……それからようやく奴がやる気を出した末のもんだ。そりゃ俺だって奴が事務処理のひとつでも普段からやってくれりゃいいと思ってる。ルテナの負担が無駄に増えるのは心苦しいしな……だが、あいつのやる気ってのには波がある。ちらつかせる餌がなきゃ全力を出さねぇし、その餌が虚偽であろう時はぐだぐだやって動きやしねぇ。あいつのお遊びに付き合うのは疲れるんだよ」

「……及ばずながら大将の心中、お察し致します」

 慎ましやかな慰めにふと、珍しく心からの笑みが浮かんだ。不器用な男の気遣いというものはいじらしく、心地のいいものである。喉をそらして背後の相手に向かい手を伸ばした。上官の意を察して膝を折るシアンの頬に、白い指がそっと触れる。

「シアンにそう言われるのは悪くないな、自分がラ・ベルになったような気がするぜ。お前もあまり根を詰めるんじゃねぇぞ」

 ドクスの指先に自らの手を重ねて、シアンもまた表情を和らげた。

「心得ております、ドクス大将」

 どんなものでも片手で解体せしめる怪力の人狼。そんな肩書きにふさわしからぬ所作と表情が、彼をこの一瞬だけ年齢相応の青年に戻す。

 まるで、悪い魔女にかけられた呪いが解けたかのように。