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アップルソルベ

 今回の舞台は古いホテル。中世ヨーロッパの調度品がセンス良く置かれていたりして、一見すると美術館のようにも見える。そんなロマンチックな通路で、大好きな人を見つけたらそれはもう、テンションが上がるのは仕方が無い。

 前方にドクス大将の姿を見つけた僕は一度その場で飛び上がってから駆け出した。カツカツと軍靴を響かせて進む彼の人の前へ回り込むと、勢い良く帽子を脱いで敬礼をした。

「ドクス大将殿、ご無沙汰しております! お目にかかれて光栄の至りーっ! 久々ついでにお茶でもいかがですか!? 大将お好みの女の子、誰でもお菓子にしちゃいますからぁ!」

 是非を問われるのを恐れて思っていた事を全て吐き出すと、大将殿はその涼やかな瞳を優雅にまたたかせてから、にっこりと笑んだ。

 その微笑の美しさっていったら! 女でも男でもない、或いはそのどちらでもあるのかも。魅惑という文字をそのまま完璧な吸血鬼に仕立てたかのような麗人。そのまま剥製にして一生眺めてたってきっと飽きない。零れかけた溜息は、しなやかに浴びせられた蹴りによって喉に詰まる。大将、貴方の爪先がめり込んでるの、僕の鳩尾です。人体の、急所です。

「久々に会ったっていうのに――お前は相も変わらずやかましいな。え? 前に言ったろう。意見や質問は一つずつだ、口を挟む隙もなく畳み掛けてくるんじゃねえ。盛ってる兎じゃあないんだからよ。おいこら、返事はどうした」

「……大将殿~、肺の直下を蹴っといてすぐ返事はできませんであります」

「俺がやれって言ったらやるんだよ。現に喋れてるだろ、甘えてんじゃねえ」

「うう、甘えたいのに」

「相変わらず甘ったれのテディベアだなァ、てめえは。それで、俺を呼び止めた用件を聞かせろ」

「えーっと……一個だけ、一個だけ。いっぺんにじゃなくて、一番最初に伝えたい一個だけ……となると。やっぱり一緒にお茶しましょう、であります! 大将殿」

 くちゃくちゃになったベレー帽を被りなおしながら両手を差し出す。すると大将は胸元から金の懐中時計を取り出すと暫し黙考し、ひょいとそれを此方へ投げて寄越した。どうせお前は今も時計なんざ持っちゃいねえんだろう、と笑っている。

「二時間後、会議が終わったら十五分だけスケジュールに空きがある。待てるなら、付き合ってやるぜ」

「わあ――勿論であります! 何時までだって待てますよー、約束ですからねえ!」

 そのまま前を向いて歩き出し、レストランスペースへ消えていく影を見送る事すら至福だった。

 今日はなんて素晴らしい日だろうか! 暇を持て余した給仕の怪訝そうな視線を浴びながらも、出入り口のまん前に座り込んで鼻歌を歌う。

 そしてもっと素敵な日になるに違いない。あの人と居る間だけ、僕は王子様になれるんだから。