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ローズヒップティー

 ゆっくりとソファに沈みこむドクス大将の背中を、後ろから受け止めるように手を伸ばす。肩から首筋を這うように滑る手は、ようやく心臓の位置を確かめて落ち着いた。大将は至極不快そうに溜息をついただけで、僕の手を振り払おうとはしない。

「吸血鬼の心臓を掴むってのはぞっとしないぜ、マヨア」

「やだなあ、ドクス大将。僕は大将の心臓を守ってるだけですよ」

「ふん。急所を覆う鎧が、生身を隠す盾が牙をむいたらと考えるだけでおぞましい。それは剣が手を滑ったり、銃が暴発するより気味の悪い話だ。いいから手をどけろ。てめえの自己満足のために俺を疲れさせるんじゃねぇ」

 今日の大将はよっぽどご機嫌斜めだ。そこまで言われたら渋々引き下がるしかない。それでも、この儚げな人を一人にしたくなくって、背もたれ越しに肩を抱きしめてみる。

 細いなあ。この双肩が何百年、下手をしたら千年に及ぶ夜を支えているだなんて信じられない。苦悩で疲れきった声が、ぼんやりと絞り出された。

「……欲望の抜け殻と、欲望の権化と。ああ、反吐が出るぜ。どっちも相手にしなきゃならんとは気が滅入る。俺は此処でいい。俺には、お前達が居ればいいんだ」

「伯爵夫人と、伯爵ですか?」

「そうだ。いっその事、もう一度俺が墓を暴いて心臓を突き刺してやりたいくらいだ。……聞き流してくれ、たった一時の殺害衝動、気の迷いなんだからな」

 やがて抱いていた手を解かれて、すっくと大将は立つ。先ほどまでの折れそうな弱さは最早微塵もない。ただ、凛々しい指導者の背中がそこにはあった。

「さあ、茶会の時間だ。忌々しくも誇り高き同族に媚を売らなけりゃならん」

「あのう、ドクス大将。或いは飼い犬を連れて行けば……少しは場も和むと思いませんか?」

 出来うるばかりの能天気を意識して、にっこりと自分を指してみた。大将はちらりとも見ずに、ただ片手を挙げて清々しく笑い飛ばす。

「お前にしては良いアイディアだ、テディベア。いいぜ、今夜は首輪をつけて散歩してやる。薔薇の紅茶は酸味が強いが、覚悟はできてるんだろうな?」

「ええ、もちろーん。いざとなったらカップをこっそり砂糖細工に変えて、砂糖たっぷりにしてやりますからねえ」

 戦場に乗り込む意気で、いざ午前二時のお茶会へ。