· 

ソーダグミ

 その子供はテストを受けた。いわゆる卒業試験みたいなものだ。それを合格できれば晴れて一人前。一角のものとして認められる。

 常日頃から完璧や完全を望まれていたその子は、並々ならぬ意欲と、隠し切れない不安を抱いて臨んだ。大丈夫、大丈夫。いつものとおりやってみせればそれでいい。だけど、もし失敗したら?

 胸を服の上からきゅっと押さえていると、お菓子の家の魔女はあやすような声音で言った。

 

 そう固くならなくていいんだよ。なに、簡単な話さ。

 あの扉をご覧。あそこから入ってくる奴をやっつけてやればいい。

 君はどこにもない所から水を出して、まるでホースでやるみたいに水をどこへだってやれる。

 水一滴なくても、人を溺れさせられるのは君くらいなものだ。

 だから自信をもっておやり。何時ものとおりやればいいんだ、何時ものとおり。

 

 そう、それは簡単な話だった。指を動かすみたいに摩訶不思議な水を操作できる子供にとって、例えば誰かの口の周りにちょいと水を留めさせておけば、相手は息ができなくて失神する。少し続けてやれば、水気がまったくない場所でも溺れさせる事ができるだろう。

 息を長く止められる訓練はできる。しかし、ずっと息を止めていられる人間はいない。それは生き物としての限界であり、超える事のできないものだ。

 そう考えてみれば、卒業試験にしては酷く呆気ない、易しいものに思えた。そう、やろうと思えば簡単にできるのだろう。だからこそ、背筋をゾッとしたものが走った。

 ひょっとして、この場で試されるのは、やってできるかどうかの単純な話ではないのではないか? やろうと思えばできる事を、何らかの理由で出来ない状況に追い込まれたとして、それでもやってのける非情さがあるかどうかを試されるものだとしたら?

 途端に、先ほどとは全く性質の違う不安が小さい体を駆け巡った。手が汗で濡れて、口の中がまるでレモンをかじったように酸っぱくなる。

 両目は示された扉を見つめたきり、まばたきさえ忘れていた。

 どうかあのドアから入ってくるのが、痛めつけてもへっちゃらな顔をするブリキ人形でありますように。間違ったって、可愛い子猫とかでありませんように。

 姿を見せたのは、祈りが叶って子猫ではなかった。

 魔女に連れられて入ってきたのは、その子にとって初めてできた友達だった。

 初めて顔を合わせ、たどたどしく名乗りあった気恥ずかしさ。お菓子は体に悪いという教訓を頭ごなしに信じていたのに、この友達ときたらジュースと一緒にがぶがぶ食らう。お前もやってみろよと勧められたソーダ味のグミの味、今でも覚えている。

 思い出に逃げ込んだ子供はひたすら、目の前の出来事が何かの間違いであると明かされるのを待ち望んだ。軽く歩み寄ってくる友がそう言ってくれるだろう。ごめんな、ちょっとお前を驚かしたかったんだ。そんなビックリするなんて考えもしなかった、悪かったよ。今にも目ん玉が落っこちそうじゃないか。

 友がくしゃりと笑って、手を差し伸べてくる。それに子供は、縋るように両手を伸ばした。気づけば泣いている。鼻水がするすると唇の上を滑り、荒い呼吸から開かれた口の中へ入り込み、塩っ辛い。

 ああ、嘘だ。やっぱりこんなの、嘘なんだ。

 あと数秒あれば笑い返せただろうに、そんな未来は結局やって来なかった。関節が抜けるかと思う勢いで引き倒され、床に頭を打ち付ける。頭蓋の中で脳みそが跳ねた勢い、意識が飛ばなかったのはほとんど奇跡だった。見えたのは天井と、此方を決然と見下す友の顔。わななく幼い唇が、ころしてやる、と動く。

 嘘だ、嘘に決まってる。だから、君も嘘だと言ってくれよ。

 けれど奇跡は一度だけ。

 二度目の祈りは叶わない。二度と、二度と。