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おさらば玄関

 バアド兄さん、と扉越しに呼びかけてくるセラフの声を聞いている。こちらは内、あちらは外。立ち続けるのに疲労を感じてきたから、もうかれこれ一時間はそうしているに違いない。バアドは玄関の扉に背を預けてしゃがむと、呆れ果てた声色を装い言葉をかける。

「いい加減に帰れよ。天使連中ってのはどうしてこうも構いたがりなんだ。おれは一人が好きだっていうのに」

「ここに私以外の天使が来たのかい? それは初耳だな。地上への降臨許可申請は今月、こちらが知る限りでは誰もしていないはずなのに。参考程度に誰か教えてくれないかい」

「いやだ。教えたらお前、そいつの事をしょっぴくんだろ。そういう稚拙なところが子供だって言ってんだ。粛清だか知らないが、おれからしたら気に入りの玩具を取られてごねる子供の八つ当たりに変わりねえな」

「行われる事の契機が愛他の精神であれ、私欲の願望であれ、導かれる結果が同じなら問題はないよ。肝心なのは、それがどのようになしえられたのではなく、どのような実を結んだのかだからね。歴史に残るのは所詮、結論だけなのだし」

「わたしは……お前のそういう所が苦手だな」

「そんな事言わないで、バアド姉さん。ところで、私はいつこの館に入れて貰えるのだろう?」

「ここまで拒まれといてまだ入れると思ってたのかお前」

「なんと。だって兄さんは目を離すとすぐ悪事を働くだろう? 私ならなんの躊躇いもなく、首を落とすなり、太陽のもとへ引きずり出すなりして止めてあげられるんだから、傍に居た方が安心じゃないか。悪い兄さんを上手に裁けるのは私だ、いい加減に認めなさい。どうやら、地の裂け目に堕ちるだけでは足りなかったかな」

「あ、やめろ。炎ひっこめろって。扉が焦げ始めてるだろ」

 視界の隅で赤々と存在を主張し始める炎熱に、ぎょっとして立ち上がる。くすぶり始めた黒檀の板から遠ざかりながら、ともかくと語気を荒げた。

「今日は帰れ。虫の居所が悪そうなお前と会う気分じゃない。お前ももう子供じゃないんだから、何かにつけておれの所に来るのやめろよな」

「なら、兄さんはすっかり大人になれたのかい?」

 ぐうの音も出ない。

 そも、仮にも大人が小一時間も玄関越しに逆と押し問答なんぞするだろうか。

 周囲の空気を全て肺に収めてしまうつもりで息を吸い、肩を落としながら吐ききった。

「……わかった。今回はおれの負けだ。入りたいなら入ってこいよ、セラフ。こっちから扉は開けないからな。聖火で火傷なんぞしたくもない」

 なんとも爽やかな礼が飛んでくるが早いか、くるりとノブが回る。まったく、弟という生き物は。