鋏屋の凶兆

 オルゴールの音色が曲の終わりを待たずに途切れてしまう時は、決まって悪い事が起こった。嵐の夜に馬を駆って出て行った父親が戻らなかったり、友の訃報が音も無く郵便受けへ落ちていたりした。

 鋏屋はずり落ちた面を直しも出来ずに両手で受け止めた人の安否だけが気に懸かって仕方無かった。意匠化された狐の面貌が軽い音を立てて地面に落下し、虚ろな目の孔が今しも重い雨の降り出しそうな曇天を睨む。

 なんと声を掛けたものかも分からない。橋の上から身を投げようとしていた執事に駆け寄り、欄干を越えようとしていた相手をこちらへ引き戻した事は憶えている。何もかもが無我夢中だった。この人だけは絶対に死なせちゃいけない。遅れて取り戻した呼吸の拍に、瞠られた目の横を伝う冷汗が重力を思い出した。

 皺ひとつ無い燕尾服の肩へ縋り額を押し当てながら、鋏屋は嗚咽にも似た嘆願を吐き出す。執事は依然として何も言わないが、だからこそ言わなくてはならない。執事さん、お願いだ、真実誰も殺せないと言うなら、自分の事だって殺そうとしないでくれよと。