落日の花

 貴方と見た暮れの日を覚えている。天体が浮かぶ空間の境を融かしていくような橙色の、蕩ける彩を。店じまいの札を出す彼の背中越しに、戸枠に切り取られて目に飛び込んだ鮮烈な夕暮れ。網膜が焼かれるようだったけれど、目が離せなかったのは、黒髪の隙間から見えた鋏屋さの耳朶が淡く染まっているように感じたからだ。ついさっき告げられた言葉が鼓膜を未だに震わせ続けている気がする。

 ――どんな感情でもいいから、執事さんが思ったように振る舞って欲しい。

 他人に抱く感情など、相手がどう望むかによってだけで変えていた。好けと言われればそうして、厭えと言われればそうしていた。だからこれは、生まれて初めて与えられた選択の余地。こうしろと命令されるのではなく、慕うのも拒むのも、■したいと思うのも己の自由なのだ。

 そんな自由なんて今まで無かったから。迷っていた帰り道を、手を引いて一緒に辿ってくれる人が見つかったような。もう心細い思いをしなくていいのだという漠然とした安堵。振り返った鋏屋が驚いて、どうして泣いているのかと尋ねてくるまで、落涙にすら気づかないくらいに。嬉しかった、とても。忍び寄る冷たい夜の気配すら、どうとも思わない。わたしはもう、独りではないのだ。