執事の悪夢

 ありふれた悪夢の中で目覚めた。そこはよくある廃墟で、曇った窓硝子の向こう側に止まぬ雨が叩きつけている。執事は体を起こし、寝転がっていたベッドから立ち上がった。足元を鼠が忙しなく駆けて行ったのがはっきり見える。光源はどこだ。光へ吸い寄せられた視線は、ベッドサイドに燭台をみつけた。真っ赤な蝋燭が一本だけ立てられた小さな灯りを手に取ると、それを翳して出入り口である扉を探す。

 小さなゲストルームに相応しい瀟洒な扉は半分ほど開いていた。その向こうから啜り泣く女性の声が漏れ聞こえてくる。段々と近くなる。反射的に身を屈めてサイドテーブルへ身を潜めた。頼りない炎に手を翳し、息を殺す。やがて戸の隙間から室内に伸びてきた女性の影には、頭が無かった。

 ――まだ嗚咽は聞こえてくるが、すり足の気配と共にそれは遠ざかって行った。限界まで早まりつつあった鼓動を宥めるように、火を守っていた手で胸を押さえる。改めて姿勢を正し、部屋を出ようと歩き出した所で、また別の足音が聞こえてきた。咄嗟に身構えたが、床を踏む規律正しい靴音には聞き覚えがある。迷わずこの部屋に入ってきたのは、纏う白い制服も眩しい案内屋だった。

 そういえばどこへでも案内するのが彼の信条だったか。落ち着き払った青い瞳がこちらを捉えると、生真面目に問いかけてくる。道がわからないなら先導するが、助けは必要だろうかと。執事は少々大袈裟なリアクションで指を組み合わせると、偶然おりてきた蜘蛛の糸に縋る思いで助力を頼んだ。すると案内屋は珍しく小さな忍び笑いを漏らし頷いてくれた。それを耳に入れてようやく気づく。笑い声と泣き声は似ている――だからさっきの女性は泣いていたのではなくて、あれは多分、笑い声だったのだなと。