案内屋の半生

 幼い頃にとりわけ苦痛だったのは食事の時間だった。並べられる食事が温かい湯気と共に、どれほど食欲をそそる匂いを漂わせていても、目の前に、視界の隅に、テレビの中に在る肉塊の存在が。鮮血が薄い血管の膜を通して通う様が。皮の剥がれた薄桃色の筋肉繊維が。いわれなき責め苦にのたうつような身じろぎのひとつひとつが。どうしても、平和な食卓風景にそぐわない。口へ入れたものの味がよく分からない、そもそも皿に盛られた品々はこの肉塊達が作ったものだ。乳白色のパスタに絡むトマトソースは本当に野菜の色なのだろうか? 挽き肉の正体は? ――吐き気を堪えて食器を空にし終えた後でも、度々、手洗いに駆け込んで呑み込んだものを全て戻してしまう事もあった。比較的、血肉を連想させない野菜サラダを優先的に選び、たんぱく質は豆類で補う日々が暫く続いた。

 彼らは、父と母は、俺が野菜を好き嫌いせずに食べるよい子だと生温い手で頭を撫でて褒めた。中々箸の進まぬ息子を食が細いと案じて傍で見守られる度、えずきかけるのを必死で堪える。客観的に見て、父は家族をよく顧みた。母は家族を心から愛していた。息子は、彼らが自分とは全く違う未知の生き物にしか見えなかった。注がれる愛情は自分にとって異質以外の何物でもなかった。

 どうして自分だけが違っているのだろう、この世界で、この日常で。死後の世界があったとして、その先も今と同じ景色が広がっていたらと考えると死ねなかった。死は救いなどではなかった。

 ある日に。この空想都市へやってきて、初めて自分とまったく同じ形の人間をみつけた瞬間。俺は心底嬉しかったし、同じくらいに絶望した。生きる理由ができてしまった。数限りない異常の中でみつけてしまった正常に安らぎを見出した。生きている方がましだと思えてしまう試練が、幸せで、辛かった。ああ、産まれてこの方、俺はいつも死に損ねている。