世紀の大罪

 私の暮らす地区には大犯罪者が住んでいる。罪状はまだ知らない。成人を迎えるまで、子供には絶対に知らされる事は無い。大人同士がそう取り決めた。両親に聞いても教えてくれない。いずれ知るのだからと、冷たい目で言った。まるで、叶うなら永遠に知りたくなかったと吐き捨てるかのように。いつもは親切な鋏屋のお兄さんも、底抜けに陽気な菓子屋も、この話題になると一様に口を噤んでしまう。

 だから自分の目で確かめる事にした。大犯罪者の住処は街から離れた森の奥。フェンスで区切られた境の向こうに、たった一人で暮らしていた。どんな風に過ごしているのか、食べ物はどうしているのか、誰も知らないし知ろうともしない。本当はフェンスに近づくのだっていけないのだときつく言われているけれど、監視の騎士や兵隊は居ない。ずさんと言えばずさんである。そんなに罪深い人間を閉じ込めるにしては警備が手薄過ぎる。でもそういえば、母さんも疲れてへとへとになった時、シンクに溜まった洗い物から目を背けて、そそくさと寝室に引っ込んでしまう。人は疎ましいものを視界に入れたがらない生き物だ。

 かさかさと雑草が足首をくすぐる、小走りに息を弾ませて、自分の立てる物音のほかには風の通る囁きしか聞こえない。とても静かで、こんな所に世紀の大罪人が居るだなんて信じられないくらいに。見えてきたフェンスは一直線に、ずっとずっと続いていた。端はどこにあたるのだろうと暫く歩いてみたが、帰り道がわからなくなりそうになる手前でやめておいた。日暮れまでうろうろとしてみたけれど、結局鉄網の向こうに人の姿をみつける事も、誰かが暮らしている生活の痕跡もみられなかった。諦めて家に帰る、今日は門限を破る訳にはいかない。なぜなら、今日は私の誕生日。成人を迎える日でもある。できるなら具体的な罪状を知る前に、先入観の無い状態で人となりそのものを確かめてみたかったのだが。大人は誰も教えてくれない。どんな罪を犯したのかはもちろん、罪人の素性、生い立ち、容姿、年齢、どんなものが好きなのか、なにを嫌うのか。ああ、でもよかったんだ。後になって思う。 これで よかったんだ ほんとうに、よかったんだ。

 家に帰って、ご馳走とケーキを食べて、プレゼントの箱も開けた。誕生会もお開きになろうという所で、父がそっと私の対座に腰かける。大事な話がある、あの罪人の犯した罪の事だ――父さんは苦痛を耐えるように眉根を寄せて、苦々しく言葉を吐き出した。ごくごく短い一文で、私は最初、その罪状を聞いた時に、意味が、わからなくて、なぜそれが大罪だなんて言われているのだろうと、思って、思、って、  こみ上げた吐き気に両手で口を覆った。理解した理解した理解してしまった。罪人が、いや、そいつが、奴が、それが犯した非道を。ぞわぞわぞわと虫が、足のたくさんある虫がたくさん腕から足から首元に耳へたくさん入り込もうとよじ登ってくる嫌悪感。どうしてそんな事をして生きていられるのだろう? 口に出すのもおぞましい、すぐに忘れてしまいたい、のに、けして忘れられない。少しでも罪人の人間性を垣間見たいと望んだ自分の行いが、いかに愚かしく、そして無駄なものかを悟った。二度とあんな所には行かない。今だって、それが呼吸していると考えるだけで身の毛がよだつ。そうして、私は子供ではいられなくなったのだ。この身に宿った新しい生命、その子が眠るお腹を撫でてゆっくりと目を閉じる。あなたもそうして大人になる。その時が来ればわかる。