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鋏屋の闇討

  • 子供攫い

 街外れの夜道は、先が途切れている。寝静まった家々の隙間を縫って辿り着いた二つの人影のうち、背丈の低い方が足を止めた。傍らの外灯が短い間隔の点滅を最後に消える。

 はっ、と。子供の手を引いていた女性の影が、機械的な驚愕を吐き出した。空き家の玄関に身を潜めていた人間が彼女の口を塞ぎ、強引に物陰へ引きずり込む。繋いでいた手が離れたのに、無意識だろう、子供は追い縋ろうとしたが。それを留めたのは案内屋の掌だった。少年の肩を抱き、踏み止まらせる。呆然と澄んだ童子の双眸が様々な疑問を投げかけてきた。誰、何、故、今、何、処。鼓笛隊の一員のような白衣を纏ったガイドマンは、そっと人差し指を立てた。

「お父さんが君を捜している」

 指差した後方からやってきた車から、慌てた様子で一人の紳士が駆け寄ってくる。おとうさん。そこで初めて泣き出した子供は案内屋の手からすり抜けて父の元へ向かって行った。親子が車へ乗り込み去ったのを確かめてから、廃屋の影へ目を遣る。そこには抜き身の刀を手に佇む鋏屋の姿があった。刃は血の代わりに真っ黒なオイルで汚れている。こっちも終わったぞ、鋏屋は力無く笑って機械人形の名残を払い、愛刀を鞘に納めた。

 

  • 母親違い

 よくある話だ。理想を詰め込んだ被造物が創造主より優れていると驕ってしまうのは。不慮の交通事故で母親を喪った幼い息子を憐れに思い、父親は人形屋から精巧な母親のレプリカ作成を依頼した。家族の思い出を完璧にインストールした二人目の母親、温められたオイルが全身を巡り、人の気持ちを完璧に解析する。人肌の温もりを持った素晴らしいアンドロイド。

 父は、人形に母親の代わりとなるのを望んだ。人形は、自分こそが息子の母親となるのだと決意した。代役なんてなまぬるい。坊やを心から愛して、唯一無二の母になれるのはワタシだけなのだ。やがてアンドロイドの思惑に気づいた父親は彼女の電源を落とそうと画策するが、それより早く、人形は息子の手を引いて家を抜け出してしまった。それがつい昨晩のこと。

 人形屋まで残骸を運んだ鋏屋は、指定された床の上に彼女を寝かせた。いまやまばたき一つしない精巧なひとがたは冷え切っている。しかし死後硬直などは無い。柔肌は在りし日の通り、滑らかなシリコンで覆われている。どれほど似せても――母親の代わりにまではなれても。この人形は、彼女は、亡くなった母そのものにはなれない。或いは、原型《オリジナル》とは違った母親像を目指せば未来はあっただろうか。

 栓無き事だ、今となっては。手を伸ばして目を閉じさせようとしても、既にその機能は失ったと言わぬばかりに、人形の瞼は動かなかった。