更新記録 · 2019/03/21
■OTHER→四行小説/空想都市アルファ更新 別所で公開していた十話ほどを追加しました。 ■ARCADE加筆 各キャラの設定に関わる作品をTale項目としてそれぞれ追加しました。
 通りの向こうを眠たそうな黒猫が歩いていく。  菓子屋の店先から焼き立てのクッキーの匂いが漂ってきた。  鋏屋の店先からは刃物を研ぐ音が聞こえて、案内屋の窓口が静かに開く。...
 怒られるのを病的に恐れる子供だったんだ。菓子屋は焼き上がったジンジャーマンのビスケットを並べながら歌っている。白い大皿にひとりずつ整列していく人型のお菓子。ふっふっふ、夢見がちなパティシエはご機嫌だった。...
 ありふれた悪夢の中で目覚めた。そこはよくある廃墟で、曇った窓硝子の向こう側に止まぬ雨が叩きつけている。執事は体を起こし、寝転がっていたベッドから立ち上がった。足元を鼠が忙しなく駆けて行ったのがはっきり見える。光源はどこだ。光へ吸い寄せられた視線は、ベッドサイドに燭台をみつけた。真っ赤な蝋燭が一本だけ立てられた小さな灯りを手に取ると、それを翳して出入り口である扉を探す。  小さなゲストルームに相応しい瀟洒な扉は半分ほど開いていた。その向こうから啜り泣く女性の声が漏れ聞こえてくる。段々と近くなる。反射的に身を屈めてサイドテーブルへ身を潜めた。頼りない炎に手を翳し、息を殺す。やがて戸の隙間から室内に伸びてきた女性の影には、頭が無かった。  ――まだ嗚咽は聞こえてくるが、すり足の気配と共にそれは遠ざかって行った。限界まで早まりつつあった鼓動を宥めるように、火を守っていた手で胸を押さえる。改めて姿勢を正し、部屋を出ようと歩き出した所で、また別の足音が聞こえてきた。咄嗟に身構えたが、床を踏む規律正しい靴音には聞き覚えがある。迷わずこの部屋に入ってきたのは、纏う白い制服も眩しい案内屋だった。  そういえばどこへでも案内するのが彼の信条だったか。落ち着き払った青い瞳がこちらを捉えると、生真面目に問いかけてくる。道がわからないなら先導するが、助けは必要だろうかと。執事は少々大袈裟なリアクションで指を組み合わせると、偶然おりてきた蜘蛛の糸に縋る思いで助力を頼んだ。すると案内屋は珍しく小さな忍び笑いを漏らし頷いてくれた。それを耳に入れてようやく気づく。笑い声と泣き声は似ている――だからさっきの女性は泣いていたのではなくて、あれは多分、笑い声だったのだなと。
 美味しいお菓子を作る秘訣はなんですかと問いかけると、お菓子な菓子屋は飴玉のような丸い瞳をくるりと回した。そりゃあ新鮮な素材、無駄のない手際、余熱のちょうどいいオーブンに、お客様が喜んでくれる笑顔の魔法だよ!...
「なあ、執事さん。嘘でもいいから、最期に俺と出会えて幸せだったと言ってくれないか」 『もちろん。私は貴方と出会えて幸せだった。それは嘘などではな 「――ああ神様、」 「私の人生からこの人を奪った世界は、さぞや美しくて価値のあるものなのでしょうね」
 私の暮らす地区には大犯罪者が住んでいる。罪状はまだ知らない。成人を迎えるまで、子供には絶対に知らされる事は無い。大人同士がそう取り決めた。両親に聞いても教えてくれない。いずれ知るのだからと、冷たい目で言った。まるで、叶うなら永遠に知りたくなかったと吐き捨てるかのように。いつもは親切な鋏屋のお兄さんも、底抜けに陽気な菓子屋も、この話題になると一様に口を噤んでしまう。  だから自分の目で確かめる事にした。大犯罪者の住処は街から離れた森の奥。フェンスで区切られた境の向こうに、たった一人で暮らしていた。どんな風に過ごしているのか、食べ物はどうしているのか、誰も知らないし知ろうともしない。本当はフェンスに近づくのだっていけないのだときつく言われているけれど、監視の騎士や兵隊は居ない。ずさんと言えばずさんである。そんなに罪深い人間を閉じ込めるにしては警備が手薄過ぎる。でもそういえば、母さんも疲れてへとへとになった時、シンクに溜まった洗い物から目を背けて、そそくさと寝室に引っ込んでしまう。人は疎ましいものを視界に入れたがらない生き物だ。  かさかさと雑草が足首をくすぐる、小走りに息を弾ませて、自分の立てる物音のほかには風の通る囁きしか聞こえない。とても静かで、こんな所に世紀の大罪人が居るだなんて信じられないくらいに。見えてきたフェンスは一直線に、ずっとずっと続いていた。端はどこにあたるのだろうと暫く歩いてみたが、帰り道がわからなくなりそうになる手前でやめておいた。日暮れまでうろうろとしてみたけれど、結局鉄網の向こうに人の姿をみつける事も、誰かが暮らしている生活の痕跡もみられなかった。諦めて家に帰る、今日は門限を破る訳にはいかない。なぜなら、今日は私の誕生日。成人を迎える日でもある。できるなら具体的な罪状を知る前に、先入観の無い状態で人となりそのものを確かめてみたかったのだが。大人は誰も教えてくれない。どんな罪を犯したのかはもちろん、罪人の素性、生い立ち、容姿、年齢、どんなものが好きなのか、なにを嫌うのか。ああ、でもよかったんだ。後になって思う。 これで よかったんだ ほんとうに、よかったんだ。  家に帰って、ご馳走とケーキを食べて、プレゼントの箱も開けた。誕生会もお開きになろうという所で、父がそっと私の対座に腰かける。大事な話がある、あの罪人の犯した罪の事だ――父さんは苦痛を耐えるように眉根を寄せて、苦々しく言葉を吐き出した。ごくごく短い一文で、私は最初、その罪状を聞いた時に、意味が、わからなくて、なぜそれが大罪だなんて言われているのだろうと、思って、思、って、  こみ上げた吐き気に両手で口を覆った。理解した理解した理解してしまった。罪人が、いや、そいつが、奴が、それが犯した非道を。ぞわぞわぞわと虫が、足のたくさんある虫がたくさん腕から足から首元に耳へたくさん入り込もうとよじ登ってくる嫌悪感。どうしてそんな事をして生きていられるのだろう? 口に出すのもおぞましい、すぐに忘れてしまいたい、のに、けして忘れられない。少しでも罪人の人間性を垣間見たいと望んだ自分の行いが、いかに愚かしく、そして無駄なものかを悟った。二度とあんな所には行かない。今だって、それが呼吸していると考えるだけで身の毛がよだつ。そうして、私は子供ではいられなくなったのだ。この身に宿った新しい生命、その子が眠るお腹を撫でてゆっくりと目を閉じる。あなたもそうして大人になる。その時が来ればわかる。
 幼い頃にとりわけ苦痛だったのは食事の時間だった。並べられる食事が温かい湯気と共に、どれほど食欲をそそる匂いを漂わせていても、目の前に、視界の隅に、テレビの中に在る肉塊の存在が。鮮血が薄い血管の膜を通して通う様が。皮の剥がれた薄桃色の筋肉繊維が。いわれなき責め苦にのたうつような身じろぎのひとつひとつが。どうしても、平和な食卓風景にそぐわない。口へ入れたものの味がよく分からない、そもそも皿に盛られた品々はこの肉塊達が作ったものだ。乳白色のパスタに絡むトマトソースは本当に野菜の色なのだろうか? 挽き肉の正体は? ――吐き気を堪えて食器を空にし終えた後でも、度々、手洗いに駆け込んで呑み込んだものを全て戻してしまう事もあった。比較的、血肉を連想させない野菜サラダを優先的に選び、たんぱく質は豆類で補う日々が暫く続いた。  彼らは、父と母は、俺が野菜を好き嫌いせずに食べるよい子だと生温い手で頭を撫でて褒めた。中々箸の進まぬ息子を食が細いと案じて傍で見守られる度、えずきかけるのを必死で堪える。客観的に見て、父は家族をよく顧みた。母は家族を心から愛していた。息子は、彼らが自分とは全く違う未知の生き物にしか見えなかった。注がれる愛情は自分にとって異質以外の何物でもなかった。  どうして自分だけが違っているのだろう、この世界で、この日常で。死後の世界があったとして、その先も今と同じ景色が広がっていたらと考えると死ねなかった。死は救いなどではなかった。  ある日に。この空想都市へやってきて、初めて自分とまったく同じ形の人間をみつけた瞬間。俺は心底嬉しかったし、同じくらいに絶望した。生きる理由ができてしまった。数限りない異常の中でみつけてしまった正常に安らぎを見出した。生きている方がましだと思えてしまう試練が、幸せで、辛かった。ああ、産まれてこの方、俺はいつも死に損ねている。
 その騎士aは騎士団発足以来類を見ないほど優秀な戦績を残しました。ひとたび戦場へ出れば確実に使命を遂行し、いかなる存在が敵対しようと決して屈しませんでした。時に、味方を犠牲にしなくてはならない切迫した状況においても、彼は常に最善を尽くし、適切に処理をしました。生き延びられない味方へ憐憫を見せましたが、それが後々の遺恨として心的外傷を残す事は無かったようです。  騎士aにまつわる興味深い事例は多数存在しますが、彼の特異性は戦場においてではなく、逆に本騎士団の大規模長期遠征が終了した後にあらわれました。未開の土地へ赴き、時には祖国へ敵対する国家と熾烈を極める交戦を経て遠征は続き、それにより多くの騎士達は遠征終了後、自国での平穏な生活に戻ってからも度々トラウマに苛まれる事になります。主義主張が違うとはいえ、敵対存在もまた自分達と同じ人間であり、時には寝食を共にした仲間を■■にせねばならないという極限状態が、彼らに消えぬ傷を残してしまったのです。  しかし、この騎士aのみは例外でした。彼の肉体はいかなる異常もきたさず、各種心理テストにおいても常に安定した結果を残し続けました。騎士aはこの大規模遠征が終了してからも、自ら率先して戦地へ赴き、■■年間過酷な務めを果たし続けました。騎士aを知る者は、「騎士aは生きるか死ぬかの二極を迫られる戦場にこそ安楽を見出しているようだった。彼は事実、敵と味方が明白に区別される環境の方が安らぎが得られるのだと語っていたのです」のちにこの証言を提供した元騎士は、より鮮明にその情景を思い出してみると我々に約束し別れた後、一ヶ月後に■■し、それ以上の情報を聞き出すのは永久に不可能となりました。  後に当時騎士団へ所属していた騎士a本人にこの件を問い質すと、彼は一瞬極度の緊張状態に陥りましたが平静を取り戻し「それに関する証言を黙秘した場合、自分の生命や今後の生活は脅かされるか」と問いました。それに対し我々は、この調査はあくまで内々のものであり、常識的な範囲内で行われている、無論黙秘権の使用も認められると伝えると、彼は以後こちらの問いかけに対し一切の反応を見せなくなりました。そして僅か三日後に所定の書類を揃えた上で騎士団の職を自ら辞しました。彼は現在、ある観光都市でガイドの仕事をしていると聞いています。
 生憎の雨天だった。朝方は清々しい晴天だったのが、昼過ぎから太陽は急に機嫌を損ねたらしい。取り巻きの雨雲に後を任せて、地上は宵暮れに似た闇が落ちる。案内屋は傘を畳んで、古物屋の軒先に入った。戸を叩くと間髪入れずに不機嫌そうな店主が顔を出す。金色の目を胡散臭そうに細める仕草さえ無ければ、爽やかな好青年に見えるものを。上客の前ならいざ知らず、彼が商店街連中に愛想を振りまく事など十年に一度あるか無いかの沙汰であるから仕方が無い。  半歩下がって案内屋を不承不承招き入れると、小脇に抱えていたタオルを案内屋へ放り投げる。店の奥にある客間へ通される道中に愚痴めいたぼやきが延々と続いた。今日は金にならない客が多い、お前で三人目だと。――相当鋏屋の気が立っているらしい。普段彼は周囲に当たり散らす性質では無いのだが、今日に限っては違うようだ。これも十年に一度あるか無いかの珍事である。 「最初に執事が来て、次に弟の櫛屋が来た。最後はお前だ、デカブツ。鋏屋の坊主を宥めすかす策が尽きたのか。面倒なら殴って大人しくさせちまえば良いだろう。……暴力は良くない? あっさり人を殺しちまえそうな図体でよく言うもんだぜ。誰かが言って聞かせなきゃならねえんだよ。駄々こねたって変えられないものの方が、世の中には多いんだって事をさ」  それは時間が解決する類の問題だな。案内屋は静かにそれだけを返し、受け取ったタオルで濡れた服の裾を拭き始めた。先導する古物屋の不機嫌ぶりは、勢いよく吐き出された煙草の煙が物語っている。この商店街の誰もが手の付けられない問題で、かつ時間が解決してくれるのを悠長に待てない件には、自分が出張らねばならないのを古物屋本人がよく分かっていたのである。

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