四行小説/不始末記

おはよう、執事さん  記憶は、失われたりしない。単に情報が引き出せなくなるだけだ。器官としての老朽化か、それとも疾病などによる損傷か。だから、跡形もなく消滅する訳ではない。この世に消えて無くなるものはない。質量は一定だ。...
記憶喪失  古物屋は寝不足だった。元から睡眠が少なくとも活動に支障はないのだが、ここ数日は魔女の家に攫われた鋏屋の救出計画で慌ただしかった。寝る間を惜しんで指揮を執っていたのである。早足の革靴は鋏屋の店へ辿り着いた。...
リフレイン  大人になった俺達は、さようならを軽んじている。  自らの人生くらい自由に操縦できると思っていた。誰かとの出会いも別離もこの手で選べるのだと。  そうじゃない。本当の別れは、前触れなくやってくる。心の準備をする猶予も無く、断頭台の刃にも似た非情さで縁を断ち切るのだ。...
さようならの重み...
鋏屋の精進  休みの日にしか本業に集中できぬとは皮肉である。商売仲間の手伝いも休日は全て断っているのだ。本日定休日の札をさげた店の奥で、鋏屋は山積みになった箱の開封に取り掛かっていた。遠方から取り寄せた工作用の鋏を取り出し、見本用にひとつを開封してみる。...
鋏屋相談室  素焼きの湯呑みを両手で包み込む。ふと煎茶の水面へ、どす黒い赤が混じったように錯覚した。護衛屋は目を瞠るが、すぐに景色は正常な現実を取り戻す。 「大丈夫か?」...
脱走劇  本当に驚いた時、人間はすぐさま声が出なくなるものだと護衛屋は実感した。手を繋ぎ合って歩いていた子供が駆け出したのに、道中を守っていた少女は即応できなかった。...
ひみつの顔  黒子のような布の覆い、長い前髪。季節を問わず厳重に面貌を隠している鏡屋の素顔を知る者は少ない。皆無と言ってもいいだろう。深く考えなければ済む話なのに、一度気になってしまうときりが無い。しっかり隠されているものほど意味深で、どうしても見てみたくなるのだ。人情としてそれはわかる。...
いちごケーキ 「ああ、また失敗しちゃった」  菓子屋は早朝の厨房で首を傾げる。一体なにを間違えたのだろう。素材の選別? 時間? 最後の仕上げ?  普段は締まりのない笑顔ばかり浮かべている店主は、この時ばかり大真面目に出来上がりの悪いケーキを見つめていた。...
未来地図  ねえ、おにいちゃんは神さまを信じてる? 手を繋いだ少女からの無垢な問いかけに、案内屋は穏やかに微笑んで首を横に振った。事実、生まれてこの方、特定の存在へ信仰心を預けた事は無い。...

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