短編連作/空想都市アルファ

 人に仕える我々は、真の意味で影なる存在にならなくてはならない。  光源を受けて伸びる黒い影達は、文句のひとつも言わずに主の傍へ寄り添い、物音のひとつも立てずに控えている。  世に素晴らしい哲学は多かれど、全てを実践する事はできない。  ならば私は常に影であるようにと考えていよう――。...
 当映画館ではお客様の仰る通り、個室も完備しております。  個室と申しましても、広さは通常の劇場とほぼ同じ。あの巨大なスクリーンに映し出されるのは、お客様のためだけの映画です。...
 小高い丘から教会の鐘の音が響き渡る。今しがた祈りを終えて下りてきた旅人は、坂の終わりに腰を下ろしている青年をみつけた。  使い古しのペルシャ絨毯を敷いて、そこに脚を揃えて座っている彼は、構えていた横笛を下ろして顔をきょろきょろとさせる。足音を立てて正面に回り込むと膝を下り、二度、軽く掌を打ち合わせた。 「ああ、そちらに」...
 潮騒が聞こえる。白い砂を蹴って少年は駆けた。一抱えもある花束のほとんどが道端で見かける他愛のないものだったが、その内の一輪は価値物だ。  本物の鈴蘭だ。  それと同じ名前を持つ友達が待っている。とうに打ち捨てられた海辺の街、砂上の城塞。息を弾ませて辿り着いた古城の異様を、少年は深呼吸と共に仰ぐ。...
「ねえ、あんた。最後に一度抱きしめてくれないか。ほんの少し心細くなってしまったんだ」  大樹の枝を揺らす風が声を奏でる。木々の言葉は内より生まれるのではなく、枝葉を通り過ぎる空気の流れを巧みに掴まえて吹き渡るのだ。...
 棒切れを持って象の絵を描く。少女は中腰で、水玉のワンピースをふわふわさせながら、ようやくドラム缶のような円柱を手掛けた。  つまり、これが象の足なのだ。  本物は動物園で数える程度にしか見ていないが、多分、本物の大きさはこのくらいだったはずである。...