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「思いつく限り、思いつく事をせよ?」朝食の席。古物屋を営む化け猫の主人へ、執事は自分に届いた絵葉書を見せた。訝しげな声は葉書に書かれていた文言を古物屋が復唱したものである。鋭い金の猫目を傍らの従者へ遣ると、年若い実業家風の美青年へ化けている主はぶっきらぼうに肩を竦めた。 「すればいいじゃねえか」...
 世の中において、葉書に勝る優雅な内緒話は無い。雇い主が寝入っている早朝、ポストへ郵便物を取りに行った執事は、主人宛てのものを抱えてキッチンへ戻ってきた。...
 古物屋を営む黒猫が、思いつきで他人を巻き込むのはそう珍しくなかった。黒猫は化け猫である。気が遠くなるほど長生きだとか、天地創造の神に類するとか、大袈裟な逸話に事欠かない。誰もが話半分に受け止めているのは、当の古物屋がそう吹聴するのを聞いた事がないせいである。短い黒髪を後ろに撫でつけ、きっと前を向く黒猫は、よく好んで人間の青年に化けていた。目鼻立ちのはっきりした面貌、部分のひとつひとつを切り取っても際立っており、それらが他人の感情を掌握するという一点の思惑のもと整っている。人心惑わす化生は相手が隙を作るよう姿を練るのだ。  御伽噺の中で怪物が好んで攫うのは大抵、美しいお姫様か可愛らしい子供である。つまり化け物と人間の美醜は基準が似通っていると言えよう。なので大衆の好みを押さえた外見であれば人のみならず、人外をも誑かす事ができるのだ。便利である。古物屋はあくまで猫の感性を持っているので、この面構えの一体どこがいいのかと思いながら毛並み、もとい髪を整えるのだが。洗面所で自らの顔を一撫ですると、傍らでジャケットを持って立っていた執事に号令をかける。「今日は遠出をするぞ。第二十六都市の花街まで行く」はあ、と半端に口だけ開いた従者が呆けた。都市につけられた数字は国を治める権力者の王都からどれくらいの距離があるかを示している。王都を零とした場合、第一空想都市のアルファが最も近く、これから目指す第二十六記憶都市のオメガが最も遠い。この古物屋が店を構えている本拠地は第一に数えられる都市の商店街だ、なぜわざわざそんな足労をするのか。長生きをした分それだけ方々に子分のようなものがいるのである。親分として面倒を見るのは非常に面倒臭いのでこちらからは関りを持たないようにしているのだが、あちらが窮状に陥ると細い縁故を辿って助けを求めてくるのだ。  知らぬ存ぜぬの一点張りで済ませられる事もあれば、放っておくと騒ぎが延焼する厄介事もある。小火騒ぎのうちに揉み消しておいた方が利口な案件。それこそが正に、この度持ち込まれた話なのである。  振り返って洗面所を出る道すがらにジャケットを受け取って羽織った。「とりあえず道連れが必要だな。まず鋏屋の坊主へ声かけに行くぞ」
舞台裏 · 2019/10/04
四屋怪談:執事の正体
四行小説/群青劇 · 2019/07/31
◆古物屋主従の漫才...
四行小説/群青劇 · 2019/07/12
荘厳に  血のような夕暮れだ、と執事は思った。雑居ビルの屋上に柵は無い。コンクリートの縁に腰かけて子供のように足をぶらつかせている。陽に透かした自分の掌も同じ色に浸った。少女にも似た無邪気さで唇へ弧を浮かべながら、切望の表情は破滅的な願望に取りつかれた悲劇の男にも似ている。だが執事はそのどちらでもなかった。...
眠り姫  天蓋からさがる布が安寧を守る広々とした寝台に、護衛屋の少女が横たわっている。穏やかな寝息、安らかな顔。傍へ歩み寄った案内屋はその静寂を尊ぶように眺めている。硝子の棺に収まった白雪姫を見守るように。...
百と九十三の幽霊  これまでの人生で食べてきたパンの数を正確に記憶している、と断言する人間とは付き合わない方が無難だ。大抵の場合はほらを吹いているだけだし、万一にも本当に覚えていたとしたら、やはりそんな抜け目の無さ過ぎる人と縁を繋ぐのは恐ろしい。...
おはよう、執事さん  記憶は、失われたりしない。単に情報が引き出せなくなるだけだ。器官としての老朽化か、それとも疾病などによる損傷か。だから、跡形もなく消滅する訳ではない。この世に消えて無くなるものはない。質量は一定だ。...

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