ET CETERA

 深い心の傷へ一番効く薬をくださいと頼んで、君がくれたものを後生大事に携えて生きていくつもりだ。(ロマンチストの旅立ち)

 

 今日もまた、明けぬ夜はない、という絶望に浸っております。(月に恋した男)

 

 言葉にして誰かに伝えると記憶から消えてしまう美しい景色があって、私はどうしても貴方へそれを伝えたいのに、肝心の一言目が十年経っても思いつかない。(忘却性絶景共有願望)

 

 一列きっかり10枚ずつ、使われなくなった姿見だけを集めて並べた部屋に立ち入ると、映り込む無数の私が一斉に背を向けた。(鏡の迷路)

 

 それは酷く遠くから旅をしてきたのだろう、渡り鳥は傷んだ羽を震わせながら飛び立とうとする、その鳥と同じ横顔をして、君はさようならを言うんだね。(渡り鳥とさようなら)

 

 たった一人の翁が店番をしている時計屋では、全ての壁と天井を埋め尽くす時計達が一秒の狂いもなく針を行進させ、店内は絶えず細切れに刻まれる時間の溜息で満ちていた。(時間の墓場)

 

 専門家によるとその悲恋は、いわゆる永遠が童話の中ではなく、互いの間にあると誤認したために起こったとの事です。(お昼のニュースです)

 

 己の半生をかけて涙を瓶に溜め込んだ画家は、その透明で塩辛い想いのみで、自分にしか見えないひとりの乙女を描きあげた。(たったひとりだけの微笑み)

 

 ごめんよ、君を、海水なんかで、育てなければよかったのだ。(未確認生物発生事情)

 

 ペットボトルの底へほんの少しだけ余らせた水にいつのまにか人魚が棲み付いており、いずれ魔女がやってきたら俺に求愛するつもりでいるらしい。(500mlボトル分の恋)

 

 人間は、好奇心は猫をも殺すと言うけれど、あたしらからしたら、好奇心を失った人間は老いさらばえるばかりと言わせて頂きたいわね。(町内猫集会議事録)

 

 始終団扇でピッタリ顔を隠している女がいたので、素顔を暴いてやるべく掴んだ手首を引いたところ、べず、と生皮を剥ぐ厭な音がした。(女の顔)

 

 どうやら今生で結ばれる事はないらしいと落胆した男は、たった一匹の大事な金魚を口に含み、喉を詰まらせて息絶えた。(小説家志望の午後五時)

 

 地平線は毎日沈む太陽の重さに耐えきれず、じきにぽきりと折れてしまうのさ。(終わりの七日目)

 

 こんなに息を切らし走って赤いお月様から逃げたのに、あいつときたら、にたにた笑って先回りをするし、さっきより大きくなっているし。(満ちていくのは月だけなのか)

 

 愛しい忘れん坊さんのために何度でも言うけど、君の首を刎ねたのは僕じゃないんだよ。(野外法廷における被告人の証言)

 

 この剣この槍、我が誇りに懸けて、私は貴方を護ると、そう誓ったのに。(騎士はたった一人で膝を屈する)

 

 その証拠に、彼は自分が肉屋を継いだ理由を語る言葉の中で、四度にわたり自分は嘘をつくのが上手いからと繰り返している。(疑わしきを罰する)

 

 真の平等を謳うなら道は二つきり、全て等しく救うか、あるいは全て等しく見捨てるかであると神父は穏やかな笑顔で説いた。(神父は平等を騙る)

 

 君は、知らぬ間に生き、知らぬ間に死に、知らぬ間にまた生き返っている。(そして振出しに戻る)

 

 私、好きなものだけに囲まれて生きてきたから、いつか好きなものを全て、自分の手で捨てなきゃならない。(大人の国のアリスの嘆き)

 

 彼は壮大な物語の主人公となる使命を帯びて旅立ったが、たまたますれ違った死神に見初められたために、その生涯はたった一行で幕を閉じる。(気の毒な勇者)

 

 言うまでもなくこれは嘘だが、私達の日常とはどこまで人間が愚かになれるかを実験する、巨大な箱庭に過ぎないのだ。(真から出た嘘)

 

 生きて死んでを繰り返し、君がかれこれ130年もこの土地に縛られ続けている理由を教えよう。(堂々巡り)

 

 これから先も平穏無事に暮らしてゆきたいなら、雨の日に一人だけ傘を差さず、体中についた蝶の羽を洗い流している男には近づかない事だ。(蝶の殺し屋)

 

 自力で立っていられないほど大笑いしている野良猫じみた青年に手を貸してやると、彼はこちらを指さして一際大きな哄笑をあげた。(世界は薔薇色)

 

 君を見送るため手を振った拍子に一枚ずつ捲れていく掌へ、ボールペンで詩を書き付けていく。(紙の掌)