四行小説/鋏屋と執事

「執事さん、居るかい」  部屋の中央に人ひとり分のなだらかな山を形成した毛布から、もぞりと手が出てきた。握ったメモには一言、留守ですの文字。  模範的な居留守であった。困った、彼に用事があったというのに。寒風に冷えた袖を擦って入室すると、山の傍らに腰を下ろした。じゃあ帰ってくるまでここで待たせて貰おうか。...
 手を繋ぐもっともらしい理由を考えました。最初は冗談かと思ったが、執事さんは真面目だ。真剣な顔で白紙のページに手を握り合う棒人間を描き始めた。...
 鋏の切れ味が落ちたら、アルミホイルを切るといい。握り鋏は噛み合わせが少しでもずれると切れなくなるから、糸切狭は糸以外を切らない事。  鉄製なら定期的に油を差して手入れをする。ステンレス製は水には強いが油を嫌うから、特に刃には素手で触れないこと。いずれにせよ、人体の塩は錆の原因なので、肌が触れたら綺麗に清めなさい。...
 困った事に、俺の好きな人はあまり自分の命を大事にしてくれない。  商店街では古株の古物屋に何を依頼されているのか知らないが、長袖のワイシャツからよく、ちらりと白い包帯が覗いている。...
 一緒に出掛けると、たまたま同じものを見ているという事が、俺達にはよくある。  一瞬でも見逃したら二度と共有できない瞬間を、二対の瞳は色こそ違えど同じ速度で捉え続けた。 『かぎしっぽの猫がいましたね』...
 夜更けの星座を鋏屋の指が辿る。辿り着いた満月の背中に窪む、肩甲骨を彩る赤い星。くすぐったそうに笑う声が、夜色をした毛布の毛並みを逆立てさせた。 「外はさぞ寒いんだろうな」  たった二人分しか居場所の無い、この地上で一番狭い世界に身を寄せる。...