#空想一行旅行

【Fin.帰還への起点】

 旅の終わりは他人には決められぬという慣わしだ、燃える夜明けの空のように赤い紅茶を飲み空飛ぶ船に揺られながら、我が家へ到着するのを待っている。

 

【27.双子の占い師】

 双子の占い師の妹曰く「互いに寄り添う時間は絶対に必要です、そうでなければ二人で産まれてきた意味がない」かたや姉曰く「一人になる時間は絶対に必要です、そうでなければ二人で産まれてきた意味がない」

 

【26.M氏の法則】

 いつもこうなんだ、感銘を受ける絶景に出くわした時はカメラが無いし、とっておきの詩を思いついた時はペンが無いし、君へ恋をするには少し歳を取り過ぎてしまっていた。

 

【25.夕暮れの鬼】

 鬼が出ると言われる社からの帰り道、坂を下りながら落とした視線の先で、夕日を背に受け長く伸びた自分の影に角が生えていた。

 

【24.夜中の海辺】

 真夜中にこの辺りの海へ近づいてはならない、鏡のように夜空を映す凪いだ海面へ浮かぶ月を取りに行こうと、夢見る顔で溺れる者が後を絶たないのだという。

 

【23.真昼の氷屋】

 毎度どうも、と店を出てかけられた主の声に誘われて振り向くと、例の氷屋のあった場所には小さな水溜まりがあるばかりだった、そういえばここの店主は雪女であった。

 

【22.迷子の酒場】

『切り分けた思い出だけを漬け込んだシードルを振る舞う酒場で、今夜も途中ではぐれた君を待っています』

 

【21.貝殻の住人】

 波の音が聞こえてくるよと言われて譲り受けた貝殻に耳を当てた、寄せては返す波の音が、助けて、出して、と繰り返す人の声だったと気づいた時には、この通りもう手遅れだった訳さ。

 

【20.緑の部屋】

 緑の部屋と札のさがった部屋に入ると、壁紙は一面、真っ青に染められて、中にはただ、妹と書かれた名札をつけた一人っ子のおれの恋人が佇み、こちらをじっと見つめていた。

 

【19.仮病の名医】

 名医が居る、その医者に今なにに困っていて、どれくらいの休みが欲しいのか洗いざらい語ると、患者にぴったりの仮病を診断してくれるのだ。

 

【18.相槌屋は語らない】

 過不足なく与えなくてはならないし、機を逸すると意味がない、目の前に座す丸顔のご婦人はこの道の玄人であり、かつて冷戦一歩手前まで凍りついた国家君主間の会談において「中々どうして」と計算され尽くした無意味な相槌を放ち、見事に場を和ませ争いを未然に防いだ、生ける伝説である。

 

【17.時間屋の悲哀】

 商店街には古くから時間屋の看板をさげた店がある、そこでは時間を売ったり買ったりできるらしいのだが、店先にはいつも『店主多忙につき接客の時間がありません』と出ており、入れた試しがない。

 

【16.好事家の空腹】

 そうしなければいけない場合を除いて、一匹金貨百枚はくだらない純金製の金魚を食す事は禁じているのだが、意外と呆気なく『そうしなければいけない場合』は訪れるものである。

 

【15.来る者拒まぬアカデミー】

 先生に、なんだこのナメクジが這った跡のような字はと怒られたので、文字の書けるナメクジを褒めてやってくださいと言ってやったんだ。

 

【14.夢中の月旅行】

 出店で買ったロケット花火、鼠のような店主の親爺曰く、これを手にしたまま点火すると月まで飛んでいけるというが、僕に試す勇気はまだ無い。

 

【13.翼持つものの真昼】

 形なきものを祀る教会の鐘が鳴り響く正午、風の向かう先を正確に読み取れたら空を見上げよう、純白の翼をはためかせ飛ぶ人影が見えるが、天使ではない、それが何であるかを考え続けて一生を終えた思考学者は、いったい何人いることか。

 

【12.夢売り達の夕べ】

 陽が沈むと街に藤色の提灯が灯る、夢売りらは座敷を構え、客人が抱く人生で二番目に叶えたい願望を、夢の中で成就させる、一番叶えたい願いを聞くのはその客の残りの人生を刈り取る事だとされてご法度とされているらしい。

 

【11.影泥棒の噂】

 最も月が大きく明るく満ちる夜は俗に『影の休日』と呼ばれており、影ながら年中無休で働き続ける影達が羽を伸ばす日とされている、稀に朝を迎えても戻らぬ影もあって、影紛失問題対策のため台頭したのが、影探し専門の探偵、背格好の似た他人の影を貸す質屋、それと、影持たぬ自由な生き方を提唱する吸血鬼の一群である。

 

【10.駆け足の住人】

 さあ逃げろ その行き止まりは追いかけてくるぞ!

 

【09.馬具店の夫婦】

 角にある馬具用品店の奥さんは独り言の名人で、誰も腰掛けていない椅子へ向かって、まるで透明人間と延々会話をしているかのように途切れる事がない、彼女がその賑やかな才能を開花させたのは旦那さんが天に召されてから間もなくだった。

 

【08.名優のスタジオ】

 ここは名優の故B氏が最後の撮影へ臨んだスタジオ、氏の相手役であった女優が小道具のナイフを本物にすり替えて心臓を突き刺した事件において、回るカメラの前で本物の血を流し倒れたB氏はすぐに起き上がり、この筋書きでなぜ自分は刺されたのだと問いかけ、女優から迫真の動機を聞いた後、なるほど、ならば殺されても仕方のない展開だと今一度倒れたのち、物語の中で往生したというのはこの街では有名な話だ。

 

【07.機械の掃除夫】

 煙突掃除を任されたロボットは働き始めて80年になる、毎日休まず、街にある全ての煙突を覗き込みながら、晴れにたつ親友の背を撫でるようにゆっくりとデッキブラシを動かしていた。

 

【06.梯子の滝】

 神様が暇潰しに作ったと言われる滝は、雲を突き抜けるほど高い山の頂から地上の滝壺へ清水が注ぐ一本の細い梯子だった、一方通行なので、降りることはできても登れはしないのだという。

 

【05.青空を遊泳】

 両手を伸ばし軽く地面を蹴って頭上の真っ青な空に飛び込んだ、羊雲を掻き分けると真っ白な泡になって弾けて気分が良い、魚に混じって泳ぐ鳥を追いかけて、息の続く限りどこまでも行こう。

 

【04.狐の悪戯】

 落とした財布を拾ってくれた少女が目の前でころりと転がると、やがて一匹の真っ白な狐になって駆け出して行った、石畳に最初の雨粒が落ちる、じきに嵐がやってきそうだ。

 

【03.双子の案内人】

 信用ならない兄と、信頼に足る弟が営む双子の案内人に連れられて無数に枝分かれした黒い森を進んだ、分かれ道でたまに双子は揃って同じ方向を指す、案内よりも旅行者を惑わす方が楽しいのだろう。

 

【02.桃色の春霞】

 足首ほどの高さしか無い桜並木を歩く、靴下をくすぐる桃色と微かに聞こえるウグイスの声、仙人か雲にでもなったような錯覚を味わいながらひたすらに歩く。

 

【01.旅立ちの終点】

 青空を横切る一筋の飛行機雲を線路に走る列車、真下に広がる海は空と同じ色を映して煌めき、運ばれてきたコーヒーも深い青色を湛えている、もうじき終点の街に着く頃だろう。