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真夜中の共犯

 重なる影は今暫く、その形を留めていた。

 ぷつんと膨れ上がった水球は首筋を滑り、青い軌跡を描いてナイトの肌を伝ってゆく。覆い被さるシサイの赤い舌がそれを留めた。十分に寛げられた襟元に鼻先を寄せて、二つ並んだ丸い噛み傷より溢れる血を飲み下す。

 失血の眩暈か、或いは吸血の羞恥によるものか。すいと逸らされる吸血鬼の双眸にはぼんやりと涙の膜が張ったまま。両腕を掴む神父の手の内で、腰かけた寝台の軋むのを聞いている。

「――痛い、ですか?」

 鶸色の長い前髪越しに、ちらりと窺うような眼差しは赤い。ああ、この男の方がよほど吸血鬼のようだと歯噛みしつつ、努めてナイトは澄ました顔を繕った。

「気遣いは無用。必要ならばもう少し喰っても構いませんぞ。……これしきで貴公が人間を殺さなくなるなら安いものだ」

 冷えた指先を神父の髪に絡ませて、後頭部をまろく撫ぜてやる。しとりとシサイの口元が濡れた笑みを象って、鋭利な獣の牙を覗かせた。

「有難う御座います。では、もう少し……」

 

 ご丁寧に同じ場所に牙を当てて、今度は一切の容赦もないまま深く沈ませてくる。途端、思わず大量に呑んだ息によって悲鳴が出なかったのは不幸中の幸いであるが。ぎ、と思わず彼の髪を掴んで激痛を堪える。首の辺りで弾けた痛覚はのたうつように暴れまわり、目前ではちかちかと星さえ瞬いた。

「き、さま……! わざと……ッ」

 応答はない。出血は先程の比ではなかった。貴き血と称えられる青いそれが、まるで安い酒のように飲み干されてゆく。

 命の危機を上回って訪れたのは遠慮のない無粋な快楽、高熱に浮かされた両手で背筋を撫ぜられるような感覚だった。弓なりに反らせた体。ひくつく喉は意味のある言葉を紡がない。熱に浮かされているのは果たしてどちらか。擦れ合う着衣の下で肌は微かに汗ばんでいる。この寒い、冬の深夜だというのに。

 戯れに銀糸を伸ばし、神父は嗤って口を離した。前触れなく解放された手によって支えを失い、捕食された吸血鬼の体はいとも容易く後ろへ倒れこむ。リネンの冷たさが心地いい。ひたすらに痛みを主張する傷口も、今や全身を支配する甘い痺れをも、シーツの海は平等に包み込んだ。反射的に首筋を押さえると、シサイの手が伸びる。蕩けた赤い魔眼を向けながら小刻みに震える吸血鬼の白い指を掬いあげ、宥めるような口づけを落とした。

「喰ってもいいと、仰って頂けたものですから。……つい、喰って、しまいました」

 上向かせた掌、晒された手首の脈。温かな血液を押し流す健気な鼓動に魔物の牙が滑る。ナイトの背筋を奔った怖気が、全身を包みつつあった倦怠感に勝った。かき集めた力をもって手を振り払うと悪態をつく。悪ふざけが過ぎると。

「提供するのは血液だけで、命まではやれん。……貴公とて、吸血鬼の恨みを買いたくはないはずだ」

「ええ。……では命以外ならくださるのですか?」

「……馬鹿な、事を」

 

 今夜、殺されるとしたら死因は失血死か。

 吸血鬼の自分からしたら何とも間抜けな死に様であると、共犯めいた熱を込めて笑いあった。