空想都市

「 永劫だれかの掌の上 」

  • 主に空想都市を舞台とした一連の文章作品
  • 四行小説 / 会話文 / 1000文字前後~の短編小説、群像劇など
  • 仕えていた主人を失った執事が行く、新たな雇い主を探すついでの旅
  • 子供の目に届かず、大人に忘れ去られた絵本の中。自然豊かな土地に風光明媚なる街として多方より観光客を迎える、ここはとある空想都市

執事

(立ち絵制作:トーチ様)

 ご子息は川遊びに、お嬢様は草摘みに。他所の子供達は貝拾いに行ったきり戻らない。残された人達は着物と一緒に畳まれてしまった。

 主人が隠れられてこちら、お屋敷の中はすっかり静かになった。

 英雄は星になり、王は妖精の島へ渡り、民は目覚めぬ眠りへ落ちる。

 幾つ棺の蓋を打った事か。それでも、この執事の手はまだ汚れていない。

 

◆名前:クヴァール・エーエシャイドゥング・ダーミット(Qual・Ehescheidung・Damit)

◆通称:キユウ(もしくは単に執事とも)

◆身長:180cm ◆誕生日:12月12日

◆性別:無性(振る舞いは男性寄り) ◆年齢:不詳(外見年齢20代半ば)

◆ある事情から、他者とコミュニケーションを取る際は主に筆談を用いる

鋏屋の芝居

 この街は観光都市として栄えた。栄誉ある一番最初の文字を名前に戴いて、誰もが煌めく休日と、よりよい自らの未来を夢見てやって来る。

 ここに来て住み着く人、暫くの避暑旅行を楽しんで帰っていく人、ここで生まれた人。役場のお偉方だって、路地の隅で流れる雲を日がな数えている智者だって知らない。

 誰も知らない。この街の青空は鳥籠の天井なんだって。俺だけが知っている。誰もが自由に出入りできるのに、気づいた人から囚われてどこにも行けなくなる。

 ようこそ、空想都市アルファの裏側へ。境の隙間に脚を盗られた人、神様の瞳を見てしまった人。ありもしない嘘の街、区嘘雨都市オメガ、不可視の雨が降り続く場所。外出の際は傘をお忘れなく、ご入用なら商店街の傘屋に寄るといい。俺から口をきいておいてやるよ。

古物屋の理屈

 商店街の一角に店を構える古物屋の店主は化け猫なので、よく様々なものに姿を変えている。中でもよく目につくのが少し高慢な風情のある青年貴族で、いかにも見た目が良いため出歩く度に小さな騒ぎになっている。

 今日も古物屋は黒髪を撫でつけた正装に、吸血鬼みたいなマントを羽織って出かけていた。後ろには馴染みの執事を引き連れていて、何も事情を知らない人間が見たら、誰も彼を猫だとは思うまいなと鋏屋は小さく笑った。

 以前、どうしてわざわざ年若い男の格好で出かけるのかと聞いた事がある。人の姿をしていながら獣のような抜け目ない金の瞳を眇めて、そりゃ人間ってのはオスメス問わずに若いのが好きだからだよと答えた。じゃあ人間の女にちやほやされたいのかと聞いたら、阿呆と罵られた。お前、猫が人間のメスにどう思われたってどうかするもんかよ、俺の好みは美人の三毛なんだ。

 簡単に言えば、若くて見かけも良い人間の方が、上手くいく商談が多いらしい。まあ人の世で商売をするなら当然か、と妙に納得したのを思い出した。角を曲がる直前、執事がこちらに気づいてそっと人差し指を唇に当てた。その密かな媚態があんまり猫のようだったので、手を振り返す鋏屋の仕草も秘密めいたように静かになった。

鋏屋の凶兆

 オルゴールの音色が曲の終わりを待たずに途切れてしまう時は、決まって悪い事が起こった。嵐の夜に馬を駆って出て行った父親が戻らなかったり、友の訃報が音も無く郵便受けへ落ちていたりした。

 鋏屋はずり落ちた面を直しも出来ずに両手で受け止めた人の安否だけが気に懸かって仕方無かった。意匠化された狐の面貌が軽い音を立てて地面に落下し、虚ろな目の孔が今しも重い雨の降り出しそうな曇天を睨む。

 なんと声を掛けたものかも分からない。橋の上から身を投げようとしていた執事に駆け寄り、欄干を越えようとしていた相手をこちらへ引き戻した事は憶えている。何もかもが無我夢中だった。この人だけは絶対に死なせちゃいけない。遅れて取り戻した呼吸の拍に、瞠られた目の横を伝う冷汗が重力を思い出した。

 皺ひとつ無い燕尾服の肩へ縋り額を押し当てながら、鋏屋は嗚咽にも似た嘆願を吐き出す。執事は依然として何も言わないが、だからこそ言わなくてはならない。執事さん、お願いだ、真実誰も殺せないと言うなら、自分の事だって殺そうとしないでくれよと。