空想世界

「 永劫だれかの掌の上 」

  • 主に空想都市アルファを舞台とした一連の文章作品
  • 四行小説 / 会話文 / 1000文字前後~の短編小説、群像劇など
  • 仕えていた主人を失った執事が行く、新たな雇い主を探すついでの旅
  • 子供の目に届かず、大人に忘れ去られた絵本の中。自然豊かな土地に風光明媚なる街として多方より観光客を迎える、ここはとある空想都市

執事 / 看板キャラクター

(立ち絵制作:トーチ様)

 ご子息は川遊びに、お嬢様は草摘みに。他所の子供達は貝拾いに行ったきり戻らない。残された人達は着物と一緒に畳まれてしまった。

 主人が隠れられてこちら、お屋敷の中はすっかり静かになった。

 英雄は星になり、王は妖精の島へ渡り、民は目覚めぬ眠りへ落ちる。

 幾つ棺の蓋を打った事か。それでも、この執事の手はまだ汚れていない。

 

◆名前:クヴァール・エーエシャイドゥング・ダーミット(Qual・Ehescheidung・Damit)

◆通称:キユウ(もしくは単に執事とも)

◆身長:180cm ◆誕生日:12月12日

◆性別:不明(振る舞いは男性寄り) ◆年齢:不詳(外見年齢20代半ば)

◆ある事情から、他者とコミュニケーションを取る際は主に筆談を用いる

花瓶

「思いつく限り、思いつく事をせよ?」朝食の席。古物屋を営む化け猫の主人へ、執事は自分に届いた絵葉書を見せた。訝しげな声は葉書に書かれていた文言を古物屋が復唱したものである。鋭い金の猫目を傍らの従者へ遣ると、年若い実業家風の美青年へ化けている主はぶっきらぼうに肩を竦めた。

「すればいいじゃねえか」

 それっきり彼は少しだけ砂糖を入れたホットミルクに夢中になってしまった。猫は牛乳が好きなのだ。しかし手紙はきちんと手渡しで返してくれるあたり親切である。

 ではこの食卓を片づけ終えたら何かしてみようか。食後の葡萄を供しながら考えていると、古物屋は魔法のステッキのようにフォークを振った。「あとで店先に取り置いてある白磁の花瓶を、三軒隣の宝石屋へ届けといてくれ。代金は貰ってるから渡すだけでいい」きょとんと執事はマスカット色の目をまたたかせたが、やがて柔い金髪を揺らして頷いた。はい、承知しました。気紛れな主人からおつかいを命じられるのが、やってみたいと思う余暇を思いつく前でよかった。

葉書

 世の中において、葉書に勝る優雅な内緒話は無い。雇い主が寝入っている早朝、ポストへ郵便物を取りに行った執事は、主人宛てのものを抱えてキッチンへ戻ってきた。

 封書ならまだ秘匿性が保たれるが、葉書は裏返せば内容が簡単に知れる。他人に届いた郵便は勝手に見るべからずという初歩的なマナーによって、辛うじて守られている曖昧さも好きだ。届いた消印順に並べ替える手際は事務的だが、口元には笑みが綻んでいる。

 ふと、手が止まった。誰あろう執事宛ての葉書があったのだ。

 さていかなる用件か。長らく雇われ従者を食い扶持としているが、最初の主人を除いて他は至って事務的な契約と金銭で結ばれた薄い縁である。わざわざ便りを寄越すような縁者もすっかり居なくなった身だ。差出人の名を見たが記憶に無い。何も書いていないより不思議だ。裏面にはいつかの快晴を切り取った青空のスナップ。絵葉書の類である。その端っこに白いペンで、こう書かれていた。思いつく限り、思いつく事をせよ。

古物屋の支度

 古物屋を営む黒猫が、思いつきで他人を巻き込むのはそう珍しくなかった。黒猫は化け猫である。気が遠くなるほど長生きだとか、天地創造の神に類するとか、大袈裟な逸話に事欠かない。誰もが話半分に受け止めているのは、当の古物屋がそう吹聴するのを聞いた事がないせいである。短い黒髪を後ろに撫でつけ、きっと前を向く黒猫は、よく好んで人間の青年に化けていた。目鼻立ちのはっきりした面貌、部分のひとつひとつを切り取っても際立っており、それらが他人の感情を掌握するという一点の思惑のもと整っている。人心惑わす化生は相手が隙を作るよう姿を練るのだ。

 御伽噺の中で怪物が好んで攫うのは大抵、美しいお姫様か可愛らしい子供である。つまり化け物と人間の美醜は基準が似通っていると言えよう。なので大衆の好みを押さえた外見であれば人のみならず、人外をも誑かす事ができるのだ。便利である。古物屋はあくまで猫の感性を持っているので、この面構えの一体どこがいいのかと思いながら毛並み、もとい髪を整えるのだが。洗面所で自らの顔を一撫ですると、傍らでジャケットを持って立っていた執事に号令をかける。「今日は遠出をするぞ。第二十六都市の花街まで行く」はあ、と半端に口だけ開いた従者が呆けた。都市につけられた数字は国を治める権力者の王都からどれくらいの距離があるかを示している。王都を零とした場合、第一空想都市のアルファが最も近く、これから目指す第二十六記憶都市のオメガが最も遠い。この古物屋が店を構えている本拠地は第一に数えられる都市の商店街だ、なぜわざわざそんな足労をするのか。長生きをした分それだけ方々に子分のようなものがいるのである。親分として面倒を見るのは非常に面倒臭いのでこちらからは関りを持たないようにしているのだが、あちらが窮状に陥ると細い縁故を辿って助けを求めてくるのだ。

 知らぬ存ぜぬの一点張りで済ませられる事もあれば、放っておくと騒ぎが延焼する厄介事もある。小火騒ぎのうちに揉み消しておいた方が利口な案件。それこそが正に、この度持ち込まれた話なのである。

 振り返って洗面所を出る道すがらにジャケットを受け取って羽織った。「とりあえず道連れが必要だな。まず鋏屋の坊主へ声かけに行くぞ」